34.海と空は仲良しだった

 海の水は、お空の色が映っているのだと聞いた。こないだは青かったけど、その日はお空も青かっただろう? と尋ねられて頷く。あの日は暑くてお日様がいた。今日はお日様がいなくて、代わりに空が灰色になっている。


「空の色が青いほど、海の色も青くなるんだよ」


「そうなの?」


 びっくりする。それって、空と海はすごく仲がいいんだね。お友達なのかな。


「ははっ、そうだな。友達かもしれない」


 砂に座るメリクのお膝で、僕は揺れる海を見ていた。青くなくても遠くまで白い泡が揺れている。それを波と呼ぶんだ。外へ出るたび、いろんな言葉を覚えて、知らなかったことを教えてもらう。見上げるとメリクは優しい表情をしていた。


「僕、じゃまじゃない?」


「邪魔じゃない。大好きだ」


 前はよく「邪魔だ」と言われたけど、メリクは言わない。にゃーも言われていない。僕は邪魔という言葉が好きじゃない。


「好きじゃない物は、嫌いと言っていいぞ」


「じゃまはきらい」


 変なの。声に出したらすごく楽になった。ふわっとした感じだよ。胸の中が不思議な感じで、しゅわしゅわする。そんな僕の頭を撫でたメリクは、大きなにゃーに寄り掛かっていた。にゃーはいつも眠る時みたいに、くるんと丸い。


「ほら、日が沈むぞ」


 あれは水に入っても消えない。今日は不思議な色がいっぱい広がっていた。赤くなって、紫になって、青くなった。最後に黒くなって終わり。違う、空に薄いお日様がいる。


「あれは月だな。真っ暗だと夜に困るだろう?」


「うん」


 お部屋の灯りと同じだ。暗いと足元が見えないし、何か踏んだり蹴ったりすると痛いから。お日様が少しだけ光を残してくれるんだね。それがお月様なんだ。


「海も見たし、次は何を見るか」


「また、どこか……いく?」


「ああ、何を見ようか」


 うーん、僕は知らないけど。楽しい場所があるのかな。長いメリクの髪を触ってみる。僕と同じ黒い色は、他に見なかった。濃い土色の人はいたよ。でも黒じゃない。


「黒い髪がいいなら、そういう人の集まる場所があるぞ」


「あるの?」


 メリクは丁寧に話し始めた。黒い髪のお父さんがいる子は、皆黒い髪をしているんだって。お父さんはどんな人だろう。僕は知らない。メリクはそう? 尋ねたら、父親は他にいたよと笑う。でも黒い髪は知らないなぁ。


「メリクがなったらだめ?」


「出来たら、お父さんじゃなく旦那さんになりたいんだが」


「だんな、さん」


 知らない言葉だけど、嬉しそうにメリクが言うから。きっと仲良しの名前なんだね。僕もメリクともっと仲良くなりたい。だから旦那さんでいいや。


 うにゃー。突然にゃーが鳴いて、びくっとする。いつの間にか人はいなくて、海は黒い色になっていた。空が黒いからだと思う。時々、きらきら光るけど怖い。


 ぶるりと身を震わせた僕を、メリクが両手で包んだ。こっそり取り出した服を着せてくれる。上に着るから、上着って呼ぶの。長い袖の上着はひとつずつ腕を通した。温かい。


「ご飯の時間だな、帰ろう」


「うん」


 抱っこされて帰ろうとしたら、にゃーが大騒ぎした。立ち上がってメリクに「にゃー、うにゃん」と鳴く。そうしたら、笑ったメリクが「にゃーに乗るか?」って、僕に聞いた。乗れるのかな。心配しながら乗ったけど、にゃーは潰れなかった。ふかふかで温かくて、片方の手はメリクと繋いだまま。


 背中から水の出ている大きな魚の絵が見えてきた。もうすぐご飯の時間だ。

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