33.初めてのウィンクと焼き魚

 海の側のお店を見に行くのに、にゃーは抱っこしていくと思った。歩いてもいいけど、小さいから踏まれると困るの。前に買い物に行った建物の中は、人がいっぱいだった。


「心配しなくていい、ほら」


 メリクが何かを呟くと、にゃーが大きくなった。そのまま、ぐんと大きくなったの。こないだ乗せてもらった熊より小さいけど、僕より大きいよ。


 毛皮もふかふかになって、すごく気持ちいい。抱きついたら、もふっと僕が埋まってしまった。


「これなら踏まれずに一緒に移動できるだろ?」


 片方だけ目を瞑るメリクに、僕も真似して同じ動きをした。なぜか両方閉じた。何度か試したけど上手に出来なくて、夢中になって練習している間に抱っこされる。


「さっきの、どうやるの?」


「ああ、ウィンクか。こっちをこう……説明が難しいな」


 試しに左の目を手で押さえて閉じられなくして、右だけぱちりってする。


「出来た!」


「ああ、さすがだ。イルは器用だから練習すれば出来るようになるさ」


 抱っこされて話す間も、にゃーの尻尾が僕の腕に触れる。撫でて離れて、また触るの。ここにいるよって知らせてるみたい。その尻尾も太くなってて、僕はそっと掴んだ。きっと強く掴んだら痛いと思う。優しく触らないとね。


「ほら、海が見えるぞ」


 目の前に広がるのは、やっぱり大きくて広い動く水。でも今日は色が違う。この間は青かったのに、今日は少し灰色だった。


 灰色は僕、知ってるよ。火を燃やした後に落ちてる熱い粉の色。前に触って痛かったから覚えてるの。光の精霊が治してくれたけど、三日位痛かったんだ。


 僕が灰色を触って痛かった指を、メリクがちゅっと音を立てて触れた。唇で触れるの、特別なんだって。嬉しいから僕もメリクにやろうとして……指は遠かった。近くにある頬にちゅっとする。


「っ、ありがとう、イル」


「ううん。僕もうれしかったの」


 最近はちょっとだけ言葉が上手になった。いろんな人の声が聞こえるし、僕が話すと返事がある。僕を見えない人も聞こえない人もいないから、すごく楽しかった。メリクと出会ってからだね。もしかしたらメリクと一緒なら、僕は見えて聞こえるのかも。


 ぎゅっと首に手を回した僕は、いい匂いに鼻をひくりと動かした。なんだろう、初めての匂いだ。


「魚を焼いてるんだな、食べてみるか?」


「うん」


 焼いた魚は僕も知ってるけど、全然匂いが違う。お店に近づいて、にゃーを撫でている間にお魚を買った。にゃーの分もお願いしたよ。海の水が触れる場所は白い砂があって、そこにお座りして食べるの。


「ここを齧ってみろ」


 お魚の真ん中だった。ここはお腹なんだよ。教えてもらった場所を齧ると、ふわっと魚が口に入る。もぐもぐと噛んだら、すぐに飲み込んだ。隣のにゃーは、一口で食べちゃった。


 驚きながら、僕は自分の前のお魚を齧る。美味しい。少し塩の味がする。


「塩も入ってるが、魚から作る調味料だ。口に合ってよかった」


「ありがとう」


 出来るだけ、たくさんお礼を口にする。そうするとメリクが笑うから。僕はメリクが笑ってくれると嬉しい。もちろん、にゃーも好きだよ。尻尾を絡めてゴロゴロと鳴くにゃーを、いっぱい撫でて残ったお魚をあげた。また一口で飲んじゃったけど、骨は平気なのかな。

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