32.何も予定せずゴロゴロ過ごす贅沢

 起きたら、いつもと同じだった。ふかふかのベッドで、僕の腕にはにゃーがいる。背中からメリクの腕が回って、温かい胸が背中にぺたり。朝に一度起きたけど、また寝ていた。ごそごそ動くと、メリクが抱き起こす。僕を膝に乗せて、ちゅっと頬に唇を押し付けた。


「おはよう、イル。よく眠れたか?」


「うん、おはよう」


 メリクに挨拶して、にゃーにも「おはよう」と声をかけた。にゃんと答えがあり、尻尾が揺れる。嬉しいから手を伸ばして撫でた。


「今日は一日、この部屋で休もう」


「やすむ?」


「ああ、何もしないでゴロゴロして過ごすんだ」


「ぼく、ごはんほしい」


 何もしないとご飯も食べられないよ。おトイレやお風呂も行きたいし、何もしないのは無理かも。困ったなと思いながら、見上げたらメリクは笑った。


「うん、そうだな。まずは食事だ」


 ご飯と食事は同じ。宿の人に今日はご飯を運んでくれるよう頼む間、僕はお風呂の部屋で着替えた。人の前でスカートを捲ったり、裸になるのはいけないこと。メリクが教えてくれた。


 だから外を歩いている人は、皆が服を着ているんだ。僕もしっかり覚えなくちゃ。上からすぽんと簡単に着られる服なのに、一人だと難しい。頭を入れて動いてたら、後ろに転んだ。ちょっとだけお尻が痛い。


 頑張って頭を出そうとするけど、全部塞がってる? 出られなくて、手足を動かしたら、穴を見つけた。そこから手を出したけど、頭はどうしよう。


「イルが大事件だぞ」


 笑った声が聞こえ、よいしょと掛け声で僕は起こされた。自分の足で立つ僕に被さる服が消えて、もう一度やり直しだ。今度は一度で着られた。上から真っ直ぐ被せてもらわないと、無理なのかな。


「可愛いが、危ないからな。まだしばらくは、俺と一緒に着替えようか」


「うん!」


 メリクがいるとすぐ着れるから、僕はその方がいいな。


「女の子だから、あと数年したら嫌だって言い出すんだろうなぁ……切ない」


 ぼそぼそとメリクが呟くけど、意味がよく分からない。女の子は僕で、数年はたくさん? 何が嫌なんだろう。首を傾げた僕に「先のことだ」と誤魔化すメリクが、手を伸ばした。素直にその手を繋ぐ。


 ご飯を食べる机の椅子は高い。僕を抱っこして座らせたメリクは、隣に座ると僕を膝に移動させた。あーんでご飯を食べて、いつもなら出かける時間だけどベッドに転がる。これがゴロゴロするってやつ。楽しいね。


 にゃーもベッドに飛び乗り、一緒に寝た。昼間に寝るのを「お昼寝」と呼ぶの。ちゃんと覚えたよ。またご飯が運ばれて、その後もゴロゴロして。外が暗くなるまで、僕とメリクはベッドにいた。いつの間にか丸くなったにゃーが、大きな欠伸をする。


「あしたも?」


 明日もゴロゴロするのかな。尋ねた僕を見ながら、メリクは「うーん」と迷った声をあげる。


「どっちがいい? 海のそばにあるお店を見にいくか、ここでゴロゴロするか。イルの好きな方でいいぞ」


「すきなほう……」


 海は足を入れるのが怖い。でも海の音は嫌いじゃない。近くにお店があるなら、僕の知らない物が並んでるのかな。気になる。でもゴロゴロも好き。にゃーが一日一緒だし。


「……にゃーも一緒に出かけられるが」


「いいの?」


「イルが望むなら、何でも叶えてやる」


 叶えるは分からないけど、にゃーも一緒なら出かけたいな。

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