29.千切って刻んで運んでこい(絶対神SIDE)
興奮状態の猫神だったが、イルの無事を確認すると落ち着いた。喉を鳴らしながら、彼女の腕に潜り込む。くそっ、猫が羨ましいと思ったのは初めてだ。いや、俺は上から抱きしめてやれば同じか。
結果、猫を抱くイルを俺が抱きし締める普段通りの状況となった。いつもと変わらぬ温もりや毛皮に安心したのか。イルの表情が和らいでいく。頬を擦り寄せる姿は可愛いが、その猫がただの獣ではないと知っている。そのため、なんとも複雑な心境だった。
可愛いイルがよその男に懐いたようで、気に入らない。今はそんなことを気にしている場合ではないが。
『どうするんです?』
「決まってるだろ、完全に消滅させる」
絶対神の愛し子に手を出して、無事でいられるはずがない。たとえ庇護者が誰か知らずとも、他神の愛し子を狙うということは、殺されても文句が言えなかった。だから、誰もが欲しいと望みながら、指を咥えて見守るだけ。
この世界の神である「シアラ」であっても、保護以外の手を差し伸べなかった。現在は猫のにゃーだったか。くすくす笑う俺に、ぶるりと身を震わせるシアラの神格はまだ低い。この際、礼がわりに引き上げてやろう。
「配下の神々を呼ぶが、構わないか?」
世界を構築し保護するシアラの許可は必要だ。神格に関係なく、互いの持つ世界や愛し子は尊重されるべきなのだから。
『壊さないようにしてくださいね』
丁寧な口調で嫌味を混ぜるのは、俺が激昂した時の余波が大きかったせいだろう。世界の端に綻びが生じていた。ただ眠る猫に見えるが、今も必死で繕っている。
「悪かった。詫びは用意する」
椅子に腰掛け足を組み、配下の名を次々と呼んだ。
「シェハザ、ゼルク、サフィ、ルミエルは……いいか」
召喚に応えた神々が現れ、部屋は一気に神力に満たされていく。飽和する前に、それぞれに力を抑えた。一部、宿の主人や客に影響が出た程度か。この世界はまだまだ若いようだ。
「ちょっと! 私だけいいかってどういう意味?」
「そのままだ」
騒がしい幼神に肩を竦めた。将来性はあるがコントロールが不安定だ。仲間から預かったはいいが、騒がしく甘えん坊の末っ子状態だった。まだ騒ぎそうなのを手で制し、用件を切り出した。
「俺の愛し子に手を出したバカがいる。千切って刻んで運んでこい」
四人は顔を見合わせ、それからベッドで眠るイルに気づいて目を輝かせた。
「やっと見つかったのですね」
「おめでとうございます」
「いやぁ、心配しました」
口々に祝いや安堵を告げる中、黙り込んだルミエルが満面の笑みで振り返った。すごく嫌な予感がする。聞かない方がいい。
「私、この子のお姉さんになるわ」
「要らない」
ピシャリと断る。ここで甘い顔を見せたが最後、まとわりつくのは確実だった。ただでさえ、三毛猫シアラが同行しているのだ。これ以上の邪魔者は要らなかった。出来れば、イルと二人きりがいい。
『二人きりにしたら攫われたくせに』
「それを言うな、俺も反省しているんだ」
溜め息を吐いた俺に部下は追い打ちをかけた。
「え? アドラメリク様が反省?」
「この世界、滅びちゃうんじゃない?」
「やだ、怖い」
お前らが俺をどういう目で見ていたか、よくわかった。にたりと笑った顔に、全員が引き攣った顔で敬礼した。
「最短で行ってくる」
「擦りおろして踏み潰すのよね」
「違うって。壊して組み立てるんだよ」
苛立ちながら「何でもいいから、神格を残して運んでこい」と命じた。数時間で片がつくだろう。
『私は将来、神格が上がっても配下は持たないことにする』
三毛猫の呟きは、ある意味賢明な判断だった。
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