28.舐めてんのか(絶対神SIDE)
イルが攫われた。ほんのわずか、支払いで両手を使う隙を狙われる。振り返った時に感じたのは、干渉する気配だった。
「舐めてんのか」
苛立ちで力が流れるが、慌てて制御した。この世界の神は新人だが、大切に世界を育んでいる。酷い両親の元に生まれたイルを守った。深く干渉しないよう注意しながら、それでも命を繋いでくれたのだ。その恩人の宝を壊すわけにいかない。
神々は誰もが愛し子を求める。己の裡に溜まる黒い感情や恨みを浄化するためだ。世界を管理し保護すれば、どうしても世界から干渉を受けた。戦争が起きれば、全身が痛むほどの恨みを纏ってしまう。愛し子さえいれば、その痛みや苦しみを消してもらえた。
それがなくとも、純粋で愛らしい存在である愛し子は望まれる。たとえ……浄化の恩恵がない他神の愛し子であろうと。手元に置いて愛でたいと考える神は存在した。この世界の神の愛し子ではないイルが、一人でいれば狙われるのは当然だ。
「くそっ」
三毛猫の姿だからと、アイツを宿に置いてきたのは失敗だった。まだ柔らかい世界は地盤も緩い。俺が大きな力を振るえば、簡単に崩れ始めるだろう。避けるために一度合流し、宿から飛ぶ必要があった。
わずかの間でも、怖い思いをさせたくないのに。それに早くしなければ、別世界へ連れ去られてしまう。大急ぎで宿へ飛び込み、威嚇する三毛猫の首筋を掴んだ。
「悪いが急いでいる。イルが攫われた。手伝え」
最低限の要件を並べた。すぐに理解したのは、神ゆえか。己の世界で起きた事象から、他世界の干渉を絞り込む。割り出された感覚を共有したまま、俺は指定座標へ飛んだ。
到着地点の確認は後回しだ。俺の安全より、イルの無事が優先された。あの子の危機に出遅れたのは、これで二度目だ。生まれた時、そして今。どちらも俺のせいだった。イルに落ち度はないのに、悲しい思いをさせている。今も怖いと泣く声が胸に押し寄せていた。
イルを袋に入れた男は、この世界の住人だろう。魂まで引き裂いてやりたいが、輪廻のバランスが狂う。イルが生まれ育った、ただそれだけで己の世界同様に守りたいと感じていた。普通に殺すだけでいいか。
他の世界の神に干渉されたのは不可抗力だ。そこを責めるのも大人げない。そんな俺の寛大な判断を、男達は一瞬で覆した。イルが入った袋を投げたのだ。痛みが伝わってくる。背中を強打して息が詰まり、暗闇で混乱して泣いていた。
「貴様ら……」
低く吐き出した声が地を這い、黒いタールとなって絡みつく。焦って男の一人が、袋をこちらへ蹴り飛ばそうとした。
『止まれ』
命じる響きに神力が宿る。全員が動きを止めた。このまま放置すれば息が止まって勝手に死ぬ。だがそんな罰では許せなかった。イルはもっと怖かった、もっと痛かった、苦しかったはずだ。
感情を乗せた視線が向いただけで、男達の骨が折れ体が捻じ曲がる。神の怒りというより、祟りだった。この黒い感情こそ、浄化の対象なのだ。人より感情が激しい神々が、慈悲深くある為に必要不可欠な存在。
膝を突いてイルを袋から助け出す。この時点で、すでに男達は絶命していた。呻き声すら「止まれ」の命令に従った結果、肉塊になった罪人が転がる。魂は俺の恨みでべっとりと黒く染まっていた。
「メリクっ」
その声を聞いた瞬間、心が軽くなる。嬉しくて笑みが溢れ、頬を寄せて安全を確かめた。痛みをすべて俺に移し、もう大丈夫だと背を叩く。
報復は後だ。今は安心させたかった。帰ろう、イルが望む猫神がいる宿屋へ。そうだな、なんなら新しい家を購入してもいい。帰れる場所を新しく作ったら、イルは喜んでくれるだろうか。
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