08.名前は僕が選んだの
綺麗な人はいっぱい考えてくれた。その中で僕が選んでいいんだって。シャムシエル、アリエル、レリエル、ラスイル……僕、これがいい。
「ラスイルがいいのか?」
「うん」
この名前なら呼ばれても気が付くと思うの。綺麗な人は優しく笑って頭を撫でた。それから抱っこを通り越してぎゅっと強く体を押し付け合う。少し苦しいけど、何だか胸の奥がじわじわして痒い感じ。嬉しい? そうかも知れない。
名前をもらってから、ドキドキしている。誰かが僕を包んで温めてくれる感じだった。昨日の眠った時みたいだな。ふわふわして気持ちいい。
「普段は縮めて、イルって呼ぼうな」
「うん」
イルって呼ばれたら僕のこと。にゃーが足元で鳴いた。お皿の上のご飯をにゃーに分けてもいいかな。怒られちゃう? 不安になりながら、そっと聞いた。
「これ、にゃーに、いい?」
「もちろんだ、優しい子だな」
もちろんはいいって意味だった。にゃーの前にご飯を置いたら、匂いを確かめてから食べ始める。お魚が好きみたい。知らなかったな。よく僕に木の実を持ってきてくれたから、にゃーも木の実を食べるのかと思ってたよ。
「俺はアドラメリクだ。メリク……言えるか?」
「めりく?」
「ああ、いい子だ」
綺麗な人のお名前はメリクだった。僕に教えてくれるなら、呼んでもいいんだよね? メリクはいい匂いがする。凄く優しくて、お屋敷で見た誰より綺麗だ。僕を嫌ったりしないのが嬉しかった。
「イル、ずっと俺と共にいて欲しい。わかるか? いまと同じ、一緒に暮らそう」
メリクと僕が一緒に? お屋敷の小屋じゃなくて、いまと同じ。ご飯は温かくて美味しいし、大きい鍋で煮ていい匂いになったし、寝るところも柔らかかった。それがずっと?
「ずっと?」
「ああ、そうだ。二度と離れない」
「僕でいいの?」
黒い髪のメリクは、キラキラ光る色の目をしていた。晴れた日のお日様色で、僕と似てるのかな。前に同じ色じゃないから「家族じゃない」って言われたけど、メリクは僕と色が近いから「家族になって」くれるの?
「イルが大好きなんだ」
初めて言われた。びっくりして止まる。大好きは特別な言葉で、お日様色の髪のお母さんみたいな人が意地悪な男の子によく言ってた。僕を蹴ったり殴ったりする男の子は、お母さんに大切にされている。僕も家族が出来たら、大好きを使ってもいいの?
今まで、にゃーや光にしか言ったことない。まだ怖くて使えない言葉だよ。でもメリクは怒ったり殴ったりしないから、いつか言えると思う。
「うん、いいよ」
だからこれが今の精一杯。なぜかご飯を食べていたにゃーが、変な声で鳴き始めた。喉にご飯が詰まったのかな? 心配になってたくさん撫でたら平気になったみたい。良かった。
強く抱っこされたメリクから、何かが伝わってくる。暖かい感じで、気持ちいい。でも時々冷たい部分もあった。丸ごと全部、メリクだよね。
「大好きだ、イル。俺を受け入れてくれてありがとう」
お礼はわかるけど、どうして僕に言うんだろう。服も靴もご飯も、僕がお礼を言うんだよね? そこでお礼を忘れていたと気づいた。
「僕も、ありがとう」
いっぱい貰った。そのお礼を口にしたら、驚いた顔をしたメリクにもっと強くだっこされた。
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