07.綺麗な人は今日も一緒だった
目が覚めたら、綺麗な人は僕の目の前にいた。びっくりして目をぎゅっと閉じて、もう一度開けてみる。でもいる。目のところに長い毛が生えていて、柔らかそう。気になって触ろうとしたら、いきなり目が開いた。びっくりして手を引っ込めるけれど、その前に掴まる。
殴られる。びくっと体が揺れた僕は、ずずっと鼻を啜った。そこへ「にゃー」と鳴きながら三色の毛皮が入り込む。顔の間に入ったにゃーは、僕に頬を寄せた。すりすりと撫でるように頬に触れるにゃーは柔らかくて、いつもと同じいい匂いがした。晴れた日のお日様みたいな匂い。
「怖がらせたか、悪い」
悪いって……僕に言ったの? 悪いことしてないのになんでだろう。きょとんとした僕に手を差し出す綺麗な人は、伸ばした手を一度止めてから僕の頭を撫でた。動きがゆっくりだから驚かなかったよ。ぐりぐりと左右に揺らす撫で方は、不思議な気持ちになる。嬉しくて擽ったいの。胸がくしゅくしゅするんだよ。
「起きてご飯にしよう」
起きる、ご飯。両方ともわかる。頷いて起き上がった僕に、綺麗な人が新しい服をくれた。今まで着ていた臭い服じゃなくて、優しいお空の色の服だ。すぽんと上から被る服で、もそもそ動いて穴から腕を出した。部屋の床にある靴を履くんだって。
「これ、僕の?」
「そうだ」
僕に服や靴をくれるの? 今まで貰った服と違い過ぎて、本当にいいのか不安になる。返せと言われたら、脱いだらいいのかな。手を繋いで歩き、両手を前に差し出された。昨日と同じだ。真似して両手を前に出したら、ぐいっと顔が近づいた。
「抱っこは覚えたな」
くすっと笑う綺麗な人の嬉しそうな顔で、抱っこという言葉を覚えた。両手を出されたら僕も出す。そうしたら顔が近づくのが抱っこ。腕にお座りして膝の上に下ろしてもらった。これも抱っこかな。
昨日と同じでたくさんのご飯が運ばれてくる。お皿がいっぱいあって、上にご飯が並んでいた。銀の棒でまた口の側に運ばれ、あーんをする。痛くなくて美味しくて、僕は嬉しくなった。お腹が膨れて押されるまで食べたよ。
「たくさん食べられて偉かったぞ」
偉いは知らないけど、撫でられたから嬉しい。何が楽しいのか、僕を見て笑う綺麗な人に釣られて笑った。でも慌てて両手で隠す。
「折角の可愛い顔が見えないな」
「……僕が笑う、皆が怒る、から」
知ってる言葉で話したら、悲しそうな顔になってしまった。僕の話す言葉が変なのかな、それともやっぱり笑う顔が変なの? 顔を両手で隠したまま、隙間から様子を窺った。
「名前を付けよう」
「なまえ……」
顔を覆う手を外したら、嬉しそうにしてる。僕の顔を嫌いじゃない? 怒ってないからいいのかな。首の辺りで丸めた手をそっと下ろした。名前って何だろう。僕に付けるなら、僕が持っていないもの?
「この猫をにゃーと呼んだだろう? あれが名前だ」
「にゃー、なまえ」
僕はにゃーに名前をあげたの? 知らなかった。にゃーって言うから、真似してにゃーと返したけど。首を傾げていたら、名前は一人や一匹ごとに分けるため必要な呼び方だと教えてもらう。僕にも僕だけの呼び方を付けてくれるんだね。わくわくする。どんな響きなんだろう。
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