第16話 頑張った

 そうやって毎日小夜と過ごしていたのだが、ある日俺は聞いた事も無い感染症に罹ってしまった。昨晩より熱があるし頭痛も酷いし、ちょうど病院に通っている事だから――と、いつもの医師に診てもらったところ、『ナノうんたらかんたらモニうんたらかたらフスうんたらかんたら』という長いカタカナの病名を告げられる。こちとら二百年前の人間なので世間知らず、出来ればノロとかハシカみたいな短めの病名でお願いしたい。

 医師によれば幸い特効薬があり、解熱してから三、四日もすれば他人に感染させる事もなくなり無罪放免のようだ。「ありがとさん」と礼を言って診察室を出た所、小夜の病室へ行かないよう釘を刺された。ただし保育士を病室の外へ呼び出すことは許してもらう。

 俺は小夜の病室をノックし、保育士を呼んだ。

「どうなさいましたか?」

「悪ぃ、ナノうんたらかんたらっていう病気になっちまった。熱が引いて三日か四日後まで来られねぇ。その間、小夜の世話をしっかり頼むぜ」

「ナノうんたら……解りました。お大事になさってくださいね」

「ありがとよ、じゃあな」

 病室の中からは、小夜が遊ぶ声が聞こえている。それに付き合ってやりたいが、何とか我慢した。




 俺の熱は、なかなか下がらなかった。ずっと教会で過ごす日々は退屈で、しかし小夜の調子が悪かった時はこんなモンだったなと思い出す。

 この間、俺の世話はお付きの信者がずーっと看ていた。俺は断ったのだが「私には抗体もありますし」で頑として手を抜かない。まぁ洗濯してくれるのは助かった。教会からの支給品のシスター服以外を身に纏えないので。


 そんなこんなで四日間。やっと俺の熱が下がった。あとは三~四日も我慢すれば小夜に会えるという話だ。しかし俺は四日経ってからも、小夜の病室へ行かなかった。念には念を入れてというか。この病気は結構キツいので、万が一にも感染させたくない。

 なので俺は一週間という余裕を持って小夜の病室へ向かった。もしかしたら忘れられているかな、とチラリと考えたりしたのだが、小夜は歓迎してくれる。隣で保育士も頭を下げていた。俺は保育士から、病気で不在にしていた間の報告を受ける。そこで俺はとても喜んだ。小夜の面会時間が一般人と同じになったのだ。俺の指示を受けられない保育士は、午前中から夜までずっと小夜に付いている形を取ってくれたそうだ。正直言って、有り難さしかなかった。給料は弾まなければ。そう思いつつ保育士に会釈した俺へ、小夜が寄ってきた。

「けんじ、びょーき、へいき?」

「もう平気だ。来られなくて悪かったな――って、けんじ!? お、お前、俺の名前がきちんと呼べるようになったのか!?」

「へへ、れんしゅー、した」

「えらいぞー!」

「まだ、ある」

「うん? 何だ?」

 俺には内緒にしたいようだが、小夜がベッドに上がってテーブルを引き寄せているから、それとなく判断できる。時刻は十二時、そろそろ昼メシが配られるはずだ。

 俺の予想は当たっていて、小夜は運ばれてきた昼メシを素晴らしいマナーで食べている。フォークやスプーンをしっかり使い、零さないし口の周りも綺麗なまま。俺は泣きそうになった。

「おまっ……下手したら二百年前の小夜より上じゃねーか……!」

「れんしゅー、したよ」

「そうか! 『まだ、ある』って言ってたのはコレだな!? コレを練習したんだな!?」

「もっと、ある」

 小夜がベッドの上ですくっと立ち上がり、パンツを見せてくる。

(なにをやってんだコイツ……なんで俺にパンツを――パンツ……パ!?)

「小夜、おむつどうした!?」

「もう、いらない。みててー」

 小夜が病室から出て、共用のトイレへ向かう。付いて行くと、個室のドアを開いたまま用を足す姿を見ることが出来た。名前といい、昼メシといい、トイレといい、俺の涙腺は決壊寸前、いや決壊してしまう。でも小夜に嬉し涙とかいうモンが判るかどうか謎なので個室に籠った。

「けんじ?」

「あー、ぐすっ……俺もトイレ……ぐす、先に戻ってろ」

「うん」

 俺はそこで「くぅーっ」と声が漏れるくらい泣き、落ち着いてから病室に戻った。小夜は病室で、俺が個室からやっと戻ってきたと保育士に報告している。まるで時間を掛けて、でっかい方を頑張ったみたいな雰囲気になっており、ちくしょうという感じだ。しかし、小夜が努力した内容への喜びに比べたら些事である。俺は保育士に礼を述べた。

「あんがとな。プロってのはすげぇや」

「いえいえ。健治様が病気で大変だから、小夜ちゃんも何か頑張るって挑戦したら上手く行ったんですよ。私だけの力ではないです」

「そうか……」

 長ったらしい名前の病気も、全くの無駄じゃなかったという訳だ。

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