第13話 不用意な接触

 俺は当日より病院からの連絡を待っていたのだが、なかなか電話は掛かって来なかった。二日後辺りから催促を開始したけれど「まだデータを計測中」とか「先生がお忙しくて」と返って来るだけだ。それでも待っていたら「不安定でしばらく面会は無理、拘束も解けません」という正式な連絡が入った。

 俺は直接担当医に聞けた訳でもないのでイライラし、外来の日を狙って診察室に向かう。

「先生、あのよぉ――拘束がそのままで、面会も無理って本当か?」

「本当です。小夜さんは思ったよりも悪い状態なんですよ」

「……俺が撫でて発作みたいなのが起こったせいだな」

「撫でたのは単なる切っ掛けですね。もしかしたら看護師が清拭なんかをしている途中に症状が出たかもしれないですし」

 小夜の暴れっぷりは結構な物だったので、俺相手で良かったと思える。ありゃあ俺が小夜をカプセルに突っ込んで、その隙に看護師が蓋をし、中の気体を操作して――のワンツーフィニッシュだった。もしも看護師が一人だったとしたら、どうなっていたか判らない。

 そんな風に考え込んでいた俺に、担当医が告げる。

「こんな中ですが、小夜さんの床ずれが限界まで来ているので手術します。落ち着くにはそれなりの時間が掛かると思ってください。様子を見ながら面会の許可を出しますので、貴方にはそれを厳守していただきたい」

「待てよ、それじゃあ俺の顔すら忘れちまうかもしれねぇだろ!」

「……その可能性も含め、納得して欲しいんです。大丈夫そうになったら教会に連絡を入れますので」

 普段は割と温厚な部類に入る担当医だが、今日はキッパリと物を言った。つまり、それほど小夜の具合が酷いという事だ。俺は何も言えなくなり、とぼとぼ診察室を出た。でもこっそり小夜の病室へ向かう。そこには鍵が掛かっており、俺は自分の欲だけで扉をぶっ壊そうとしたが、小夜のぎゃあぎゃあという獣みたいな叫び声が聞こえて来たので止めた。ああ、確かに面会などで刺激を与えない方が良さそうだ。


 俺は元気なく教会に戻り、生きる為のルーチンワークだけの生活をする。お付きの信者には『神に試練を与えられている』とだけ話し、部屋に篭る生活をした。頭の中は小夜の事で一杯だ。最後に聞いた叫び声が忘れられない。あの状態から、俺の赤丸ほっぺを描いてくれた小夜に戻るのだろうか。だとしたら医療ってやつは大したものだ。その一助になればと思い、俺はカミサマに祈った。机の引き出しに聖書が入っていたので、それも読んでみる。ご利益があるかは判らないが、何もしないよりはマシだ。

 これは祈った成果と言えるかどうかハッキリしないけれど、聖書を読み始めてから毎日夢に小夜が出て来るようになった。微笑み浮かべた二十四歳の小夜と、痛々しい年齢も判らぬ少女の小夜が交互に出演する。二十四歳の小夜の夢を見て目覚めた俺は多少だが混乱し、でも天井画を見て今の世界は二百年後だと思い出した。思わず「帰りてぇ」と呟いてしまうが、それは少女の小夜を見捨てる事に他ならない。なので慌てて訂正する。




 こんな生活は三週間くらい続いた。俺は半分くらい死人みたいな感じだったが、病院から連絡が来ればすぐに馳せ参じる。お付きの信者が驚く程度の勢いだ。

 俺はまた外来で待つ必要があるのかなと思っていたけれど、今回は大丈夫だった。受付に言えばすぐ看護師が来て、小夜の病室に案内される。

 室内では担当医が小夜の様子を見守りつつ、何かを操作していた。肝心の小夜は拘束されたまま眠っており、カプセルも開いていない。担当医は中に入れる気体を調整しているに違いなかった。その表情が真剣だったので「邪魔しちゃなるめぇ」と待っていたら、担当医が俺に気づく。

「ああ、どうも。お待たせしました」

「いや、治療が必要なら続けてくれ。いつまでも待つ」

「では失礼して作業をしながら……ええと、小夜さんですが、クスリはすっかり抜けましたね。床ずれも肛門も問題無くなりました」

「そ、そうかよ! すげー順調だな!」

「ただまぁ、精神的に不安定になりやすい可能性が高いです。内容は以前説明したフラッシュバックなどで、看護師もあまり不用意な接触はしないよう心掛けています。ですので――」

 そこから先は、いつか俺が考えていた通りで、『不用意な接触をしない』という対象にはもちろん俺も含まれている。小夜に触れられないとしても、それで安定してくれるのなら容易い事だ。俺はこのニュースを喜ばしい物として受け取る。嬉しい報告は更に続き、このまま落ち着いているようなら拘束が解かれ、なんとカプセルすら不要になると聞かされた。俺は「やったぜ!」と叫ぶのを我慢する。


 翌日より一時間の面会が許されたので、俺は小夜を見舞った。いきなり指を差されたから顔は覚えてくれているらしい。それは単純に嬉しかったが、カプセルが閉じており拘束もされたままなので、クレヨンすら持たせてやれないのが歯痒かった。俺としては、毎日毎日「今日こそ小夜の拘束が解け、カプセルが消えているんじゃないか」と期待して病室に行くのだが、そうは問屋が卸さない。

 面会中、退屈だろう小夜は俺をじっと見つめている。何を話してやればいいのか判らず、笑顔だけ送ってみた。でも、ずっとニコニコし続けるのはキツい。

 困った俺は読み聞かせ用の本をダウンロード、小夜に披露してやった。小夜に意味は解らないと思うが、一応『白雪姫』や『シンデレラ』からはキスとかそういった表現を省き、あとは最近の流行りだという『スネークとダンボール』を努めて淡々と語る。感情を篭めると、刺激になって良くない気がしたからだ。小夜は大人しく聞いていて、特に『スネークとダンボール』を何度も読むよう求めた。内容は解らなくとも、俺の語り口調か何かが心に響いたのだろう。

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