第8話 愛情とか呼ばれる、こっ恥ずかしい物

 さてさて、これで俺の復讐は終わった。その間だいぶピコピコ鳴らしてやったから、婆さんも充分納得してくれただろう。ちなみに「終わったら返せ」と言われていないし、婆さんたち商人の為に悪漢が稼いでいる訳でもないと判明したので、そのまま持ち帰る事にした。

(まぁ今後、バリアを張った誰かに襲われたとしても便利だ……ったくこの時代は面倒くせぇ)

 俺は「二度とこんな街へ来るものか」と思いながら車へと歩いていたのだが、その道のりでピコピコ音が鳴り出したのでホームランを打った。ただ、そいつは俺に攻撃してくる風では無かったし、前回小夜を抱いて帰った時も帰り道だけミジンコに絡まれなかったような気がする。

(そうか、この道路をシマにしているミジンコは、ある程度の期間で入れ替わってんだな。今日は俺が暴れたばかりだから記憶に新しいけど、しばらくしたら新しいアメーバやゾウリムシが……)

 とりあえず本日のミジンコも、あっという間に逃げていた。二つの組織を潰した聖職者、という噂話が飛びまくっているんだろう。やっと身の程を知った馬鹿を見て、俺の気分は複雑だ。

(あーあ、鉄砲玉すら来ねぇよ。さいたま市のレベルはこんなモンか……こんなモンに小夜は……)

 まぁ他にもあの手の組織は山ほど存在しているだろうし、中には俺が手を焼くような軍隊クラスの一味が生息――なんて可能性も否定できない。それでも小夜が世話になったのなら幾らでも熨斗を届けに行ってやるのだが。今回その必要は無い。


 そのまま歩みを進めた俺は、さいたま市の外れで教会の車に乗った。運転手は俺が血みどろなのに驚いているが「撃たれて死んだけれど復活した」の一言で手のひらを合わせる。こいつらはチョロい。




 そこからしばらく、俺としては大人しく過ごす日々が続いた。何をしているかと聞かれれば、病院からの連絡を待っているだけなのだが、なかなか電話が掛かってこない。俺が暇そうなのは他の信者も感じたらしく、いつの間にか日曜のミサで、ゲストとして呼ばれる事になってしまった。めんどくせぇと思っていたら、求められている内容は――あっちの国での奇跡を話し、最後に例のAmenのラテン語を言うだけらしいので、まぁまぁ簡単だ。この教会ではメシや寝床の世話になっているし、それなりの義理は果たしてもいい。

 そう考えた俺は、依頼があったミサで発言する。

「法王の命令で動いてたら悪漢に襲われ、葬儀の途中で復活した。この頬の丸い赤痣は、復活と共に受けたのでマリアの涙と言われている。日本には主のお告げによって来たぞ。In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.」

 こんな事を、もうちょっと仰々しく文字数を増やして言ったら、集まっている信者は納得してくれた。

(……っていうかAmenの下り、便利過ぎるだろ。挨拶するにも、命乞いされた時にも、奇跡の話をするにも、最後に付ければ問題が無くなるぜ。覚えてよかった)

 そのミサの翌日、病院から待望の連絡があった。俺は勇んで出かけ、医者に小夜の病状が少しだけ快方に向かっていると聞き喜ぶ。

 医者曰く、小夜はメシをもりもり食うので体重が増えたらしい。あと、ケツの炎症が治まってきたから、やっと手術が出来るそうだ。性病は命に関わる物でなく、カプセルに入っているだけで治るため鋭意治療中。ただ、薬物への依存は深刻だった。今はあまり動けないから手足をバタつかせているだけだが、動けるようになったらカプセル内で暴れないよう、拘束も考えねばならないレベルらしい。幸い小夜が射たれていたクスリには緩和剤が出来ているらしく、それを使うようだ。しかしクスリを止めても脳の萎縮はそのままの状態で、回復の見込み無し。でも精神病的な症状と幼児退行は収まる可能性が高いと聞き安心する。その他には検査一式の結果がかなり悪いとか。これに関しては治療を始めたばかりなので何とも言えないらしく経過観察。つまり様子見だ。

 俺としては、小夜をなるべくマシな状態に持って行ってやりたかった。それにはまず医療と違う、俺ならではの――愛情とか呼ばれる、こっ恥ずかしい物を根源にしたコミュニケーションや躾、教育を始めなければ。なので医者に向かい「主からのお告げは、この少女の救済を意味していたのかもしれません」などと言い、小夜に対し俺なりの好き勝手をする権利を入手。今日から毎日小夜を見舞うと決める。さっそく病室に行ってみると、小夜がくうくうと気持ち良さそうに眠っていた。俺は飽きるまで寝顔を見て、そこそこの時間で退散する。


 外はまだ陽が高い。このまま教会に帰っても暇だなと思った俺は、小夜を見舞う時に持って行く品を一気に揃えてみようかという気分になった。

 俺がまず向かったのは街の本屋だ。電子書籍が一般的らしいが、紙媒体もしぶとく生き残っている。俺は店内を探索して、小夜に役立ちそうな品を物色した。そこで俺の目を惹いたのは『こどもステーションで習う国語・算数・英語~対象年齢:四歳から六歳~』。それは大きな画面をガラスコーティングしたような商品で、専用のペンが付いている。

(こどもステーション……二百年前にも似たような名前を聞いた事がある。こども園だったか? 四歳から六歳のチビに、今は国語と算数と英語もやらせんのかよ……)

 そう思いつつ、一般的なのなら必要と考え購入。

 それから俺は、教会から緊急用と持たせられていた端末へ、小夜の発達に役立ちそうな育児書や、問題を抱えた子供に関する書籍を片っ端からダウンロードした。少しでも時間が出来たら読み漁ろう。

 次に俺は玩具屋へ行って、古式ゆかしい茶色い犬の縫いぐるみと積み木、食べても安心な粘土、ままごとセットを選んでみた。小夜は犬が好きだったし、積み木や粘土は子供の定番、ままごとセットは女の子向けというのもあるが、食べ物の形を認識させるのに必要かもしれないと感じ買ってみた。でないと海には切り身が泳いでいると思い込むガキが完成してしまう。

 俺としては、小夜がこれ等の玩具で遊べる程度になってくれたら嬉しい。そうしたら次は、ちょっと知恵が必要なブロック。そこから段階を踏んで、最終的には「現在流行っているゲームをさせたい」という夢を持った。先ほどからゲーム機の前で、魔法使いか何かに変身し、派手な呪文をぶっ放している子供がとても楽しそうなので。

 その次は文房具店に寄り、これまた懐かしい画用紙やクレヨンを購入。このクレヨンは材質がかなり良くなっており、専用の画用紙にしか反応しない。つまり周囲を汚さないので、カプセルの中でもお絵かきが出来る。文房具店には他にも面白そうな物がたくさんあったけれど、当然というか内容は学習用が多かった。小学生向けの、紙では無いノートや筆記具、時代の割に普通の定規や分度器などが大量に並んでおり「これが年齢相応だよなぁ」と思わず手が伸びそうになるが、焦っちゃいけない。この時代の小夜とはゆっくり付き合っていかねば。

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