第6話 汚ねぇバリア

 医者から説明を聞いたあと、俺は小夜を見舞おうと思った。だが治療の都合で残念ながら許可が下りず「だったら」と考えつつ教会の車に乗る。とりあえずの行き先は、さいたま市近くの物騒な店。そこで俺は護身用のナイフよりはマシな武器を調達し、小夜をこんな風にしてくれた礼を熨斗つけて返しに行くつもりなのだ。運転手の信者は必死で止めに入るが、そんな事で引き下がる俺では無かった。

「お前は俺の言う通りに運転! 奇跡の存在が信じられねぇのか!?」

 これで信者は黙るしかない。大人しく俺が望んだ店に車を着ける。信者は不本意なようで手を合わせ祈っているが、構わずに車から降りた。


 物騒な店は、以前来た時と何も変わらぬ様子で存在している。俺は店内に入り、ぐるっと一周した。小夜の様子からして相手は何らかの組織と思われたので「団体さんを相手にする場合、使える物は無いか?」と漁ってみる。

 そこに店主の婆さんが、咥え煙草で声を掛けてきた。

「アンタ腕っ節がいいんだってね?」

「はぁ? 何だよ、いきなり」

「ここいらじゃ噂になってんのよ。派手なシスターが暴れてた、って」

「そういやあ……こないだミジンコ以下を何匹か捻ったかもしれねぇ」

「そのミジンコの中に、わりと有名どころが混じっててさぁ。で、アタシからちょっとしたお願いがあるんだ……お礼にイイモン渡すよ?」

 婆さんは有無を言わせず、俺の眼前に太めのネックレスを出してくる。それにはドッグタグみたいな物が付いていた。

「どうだい? これが最新のバリア破りだ。お互いに得しか無いだろ?」

「おいおい、話が全く見えねぇよ」

 よくよく婆さんから事情を聞いてみると――この辺の組織連中、特に幹部以上は馬鹿かというほど高価なバリアを張っているらしい。

 ちなみに安物は建物を囲う用途の設置式、かつ衝撃を全て遮断するタイプ。お値段は高級車一台分。ここから空港のカートみたいな可動式とか、ポータブルとか、全て遮断じゃなくて自分だけ手を出せる汚い仕様にするとか、そもそもバリア自体の耐久度とか、何だかんだで値段が跳ね上がっていく。

 つまり組織の奴らは基本的に汚い仕様のバリアを入手しており、アジトみたいな場所には設置式の分厚いものを張って、幹部以上はポータブルをぶら下げ歩いているのだ。そのポータブルのお値段は、中心街の高級マンション三室分なり。

「この時代は、そんな事になってんのか……こないだのミジンコは誰一人として持ってねぇから気づかなかったぜ」

「まず本体の金額が高いし、バリア用電池の代金だってハンパじゃないよ。しかもバージョンが上がるしで、よっぽど金がないと無理だね」

「だったら、もうちょいマシな武器を持てばいいじゃねーか。片や汚ねぇバリア、片や釘バットって……」

「バリアの方が儲かるんでね、アタシたちは武器を売らないのさ」

 なるほど、これでバリアを貫通するような武器が流通したら、高価なバリアを揃える必要は薄くなってしまう。『バリアが絶対無敵』という状況は、婆さんたち商人にとって都合がいいのだ。

「じゃあ組織の奴らはどんな武器を持ってるんだ?」

「未だに自動小銃を使ってるトコが多いね。拳銃ならコルトガバメントの魔改造版。大抵の軍じゃ光線銃なんだけど、本体を横流して貰ってもすぐエネルギー源が切れて……このエネルギー源の在庫を確保するってのが大変なんだよ。その点、自動小銃や拳銃は手前のトコで何から何まで作れんのさ。古い技術だから流出しまくっとるし、生産設備も安い」

「ほー。まぁ昔のヤクザも、だいぶトカレフ使ってたしな……それよりは進歩か」

「トカレフ! 博物館で見た事があるよ!」

 こんな所で婆さんとトカレフ談義に花を咲かせても仕方ないので、俺は話を本筋に戻す。

「で、バリア破りってのを俺に持たせる理由は?」

「現在の最新版は、かれこれ一年くらい使われてるんだよ。だから、そろそろ誰かがバリアを破ってくれないと、次が売れないんで困るわけ」

「……そういう話かよ」

 この婆さんは『最新のバリアが役に立たなくなった』と悪漢たちに知らしめたいのだ。つまり俺を、婆さんからのメッセンジャー兼スピーカーとして使いたいらしい。俺を利用しようというのは気に入らないが、バリアで囲まれている組織の奴らに手を出せないのも困るので、自分を納得させた。

「……利害の一致だな。このバリア破りとやらは貰ってくぜ」

「ずっとスイッチを入れといておくれよ。先方の装置から警告音が出れば、バリアを破った合図だ。ついでに街中でやってくれりゃ、噂の広まりも段違いに速くなる」

「バレたら俺が目的を果たす前に、更なる最新版に乗換えられちまうじゃねーか」

「大丈夫さ、そいつには向こう三十回分の最新版が詰まってるんでね」

 俺の目の前で、にやーっと婆さんが笑っている。おお、怖い怖い。こんな地獄の商人に金を毟り取られる組織も、その資金の為にありとあらゆる非合法な事をする馬鹿共もご愁傷様だ。もし小夜がその不愉快な食物連鎖に入って酷い目に遭ったのなら、こういった店と、この婆さんも始末せねば。とはいえ、今は互いに利用し合う仲なので、一旦置いておく。

 俺はそんな事を考えながら、バリア破りのドッグタグを身に着けた。ロザリオとドッグタグを両立させて違和感が無いのは、この世で俺くらいじゃなかろうか。

 その間に一度消えた婆さんが戻ってきて、自動小銃を一挺寄越す。俺は銃に詳しくないのだが、AK-47の流れを汲んだサイレンサー付きの物だと瞬時に理解できた。こりゃあ多分、この身体の記憶だ。その証拠に、婆さんから替えのマガジンを放られればパッと受け取るし、「コイツは弾切れ」と思えばカシャンと自動的に交換される。

「いい手際だねぇ、交換したマガジンを太ももで挟んで落とさないのも立派だよ」

「落とすと現在位置が敵にバレるから、らしいな……癖になってるみてぇだ」

「頼もしいよアンタ、その銃タダで持っていきな。マガシンも幾つかサービスしとくからさ」

「いや、コイツは要らねぇよ。情報収集するには目立ち過ぎるし、隠し持っても暴発がおっかねー。組織のヤツらはこういうのを使ってるって話だから、いざとなれば現地調達する。それより、店頭に置いてないナイフを見せろ」

「はいはい、待ってな。レーザーナイフは出力の関係でバッテリー交換が面倒だから、普通のにしときなよ」

 婆さんがずらりと並べてくれた中に、何だか見覚えのあるナイフがあったので、ありがたく数本いただいた。柄の握り心地が相当しっくり来るから、この身体はナイフの扱いにも長けているらしい。まぁ他には宗教上、鈍器なんかも大得意だと思う。先日、釘バットでホームランを連発したが、ありゃあ確かモーニングスターとかいう鈍器に近い。アイツの調子があまりに良かったので、護身用のナイフを使わなかったくらいだ。

(うーん……そういやあ俺はカトリック教徒なんだよな? やっぱ鈍器じゃないとマズいのか? 『異教徒殲滅部隊』は、どういう設定になってんだ? 銃もナイフも使い慣れてるっぽいから大丈夫だとは思うが……)

 念のため婆さんに鈍器の在庫を聞いてみるが置いていなかった。俺は使用実績のある釘バットを作るため、スポーツ店とホームセンターに向かう。バットと太めの釘、金槌を購入する俺に対し、運転手の信者は訳が判らないという風だ。

 運転手の前で釘バットを製作するのも何なので、次の行き先はさいたま市の外れなり。着いたら車から降りチンピラエリアの手前まで移動。持っていたバットにカーン、カーンと良い音をさせて釘を打ち込めば、立派な鈍器の完成だ。ただ、コイツも情報収集するには目立つので背中のヒラヒラに隠す。少し釘が当たって痛いけれど、ナイフも銃も使用不能な場合は大いに役立ってくれる。

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