第5話 大橋小夜

 教会に小夜を連れて行った俺は、さっそく風呂に入れてやった。尻が床ずれになっていて染みるようなので、なるべく優しく洗ったのだが、それでもぽろぽろと泣いている。叫びも暴れもしない無抵抗なのが却って哀れだ。

 でもまぁ清潔を取り戻し、新しい服に身を包むと、首輪や鎖以外は可愛らしい姿になる。髪が長すぎるので以前と同じ風にカットして貰えば、あっという間に『大橋小夜』が復活した。現在の小夜の年齢は、やっと二桁になったくらいだろうか。

 俺はその足で小夜を自室に連れて行き、マトモな食事を摂らせてみた。小夜はガツガツと食ったけれど、手掴みだしボロボロ零すしでとにかく汚い。以前の小夜も酷かったが、それどころの騒ぎじゃなかった。そして、当然のように垂れ流される尿と便。慌てて始末するが、結局は教会のやつらにも手伝わせてしまった。小夜がこの様子だと、躾けるまではオムツをしないとダメだ。


 掃除が済んで一息吐いた俺は、教会の設備などを担当する工事屋を呼び、首輪の切断を頼んだ。かなり切り屑が出るという話を聞いたので、選んだ場所は教会の庭。肌に傷を付けないよう選ばれたグラインダーとかいう機械は多大なる騒音を出し、安全の為だが数人の男に押さえつけられた小夜は怯えている。「あうあう」と小さく声を上げ、尿も漏れていた。

(……やべ、先にオムツを用意するんだった)

 そう思っていた俺に、お付きの信者が控えめなアドバイスをしてくる。内容は『これだけ悲惨な様子なら病院でチェックを』という話だ。それには俺も大賛成で、すぐ実行に移す。最初はお付きの信者が一人で病院へ連れて行くという話だったのだが――小夜は少ししか世話をしていない俺に対し既に懐いており、俺もなるべく一緒に居たいので同席する事となった。


 連れて行かれた病院は教会の系列だというが、空港のような未来的な雰囲気を感じた。どうやら国ごとに方針が違い、日本の場合は新しいモノをぽんぽん受け入れるらしい。

 診察を受けた小夜は酷い状態だったので、その日のうちに入院が決まった。病室は奇跡の俺が足繁く見舞いするに違いない、と配慮されたのか個室。だったらさぞかしゆとりのある病室なんだろうなと思って、それは確かにそうだったのだが、ベッドだけが透明なカプセルホテルみたいで狭そうだ。しかも小夜はカプセルの真ん中辺りでぷかぷか浮かんでいる。小夜に何らかの処置をしに来た看護師にカプセルの意味を尋ねると、この中では滅菌が行われ、傷が早く上がるようにする薬や、疲労を回復させる為の気体などを送り込み、なるべく良い状態に持っていくらしい。小夜は最初「うあー」とカプセルを不愉快そうに叩いていたが、すぐ眠ってしまった。気体には睡眠薬も混じっているようだ。

(まぁ今は本当に酷い状態だから、眠るのも悪くないな……)

 俺としては、小夜が回復するなら手法など気にしない。ただ、頭すら撫でられないのは寂しかった。そっとカプセルに手を伸ばしても、ひんやりとした感触しか無い。俺はしばらく小夜の寝顔を見て、とぼとぼ自室へ戻る。


 その翌日、教会へ病院から連絡が入った。お付きの信者の車に乗り、俺は慌てて病院へ急ぐ。たぶん小夜の容態が語られるだろうから早く聞きたい。

 医者は俺が思っていた通り、小夜の様子について話してくれた。

 結果的に小夜は最悪一歩手前の状態で、まずヤク中、それによる脳の萎縮と何らかの精神病、幼児退行、動けなかった事による筋肉の衰え、陰部は破壊され肛門以外からも排泄物が出るので感染症を引き起こし、尻っぺたも手術が必要な床ずれ、更には幾つかの性病、栄養状態不良による内臓の機能低下、溶けてしまった歯、まぁ他にも何か言われたような気がするけれど、とにかく酷い内容だった。医者が言う『最悪』は『死』なんだなと悟る。

 こんな小夜を退院させる訳に行かないと医者は言った。そりゃあそうだ。俺だって「はい退院していいですよ」と放り出されても困る。

 小夜は教会が拾った孤児として扱い、やれる事からどんどん治療を開始していくようだ。ああ、それが一番いい。

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