第2話 日本にて
そこから数歩進んだところで、いかにも信者だなという団体に出迎えられた。たぶん本国から情報を得たヤツらだ。主のお告げを受けた奇跡である俺は、なかなかの貴重人物らしい。本来なら俺に纏わり付いてくる信者は邪魔臭いけれど、二百年後とかいう状況の場合は話が別。落ち着くまでの宿代わりにもしたいし、用意された車に乗る。
ちなみに日本の車にはタイヤが無かった。向こうの国でも同じような車が走っているのかもしれないけれど、教会が用意した車には昔風のタイヤが付いていて――しかも『空港までは俺の姿を他に見せるな』とかいう条件でカーテンに覆われ、外の風景なんか一切目に入れていない。
(それがいきなり、あの空港だからなー……)
俺は静かに移動する車から窓の外を眺める。さすがは二百年後、空中に道路が浮いていたり、建物の形が重力に逆らっているみたいに見えておかしい。これが映画だったら「あるあるの世界観、B級、めちゃくちゃヒマな時なら観てやってもいいかな」なのだけれど、現実なので少々頭痛がする。
しばらく走って着いた教会は、本場から比べれば下の上というレベルだった。日本人の無宗教、もしくは冠婚葬祭時だけ宗教の世話になるという感じは健在らしい。それでもこの教会に出入りしている人間はキリスト教徒だから、俺への対応は非常に丁寧だ。ただ、偉そうな奴に「はじめまして、今度の日曜に是非お言葉を」と頼まれるのには参った。そのあと間髪入れず、ペラペラと外国語を喋り始める若者の存在も意味が判らない。
まぁ偉そうな奴は多分ここの責任者か何かだ。そして、信者が集まる中、聖書から何かを引用し、それらしい事を言えと要求しているのだと思う。だが俺には何一つ、そういった知識が無い。なので回避させて貰おうと「奇跡を受け非常に体力が消耗している」と伝えてみた。ちなみにこれが、日本で俺の発した第一声である。それに対し、教会の人間は予想以上にビビッていた。日本語がとてもお上手で、という事らしい。
(へー、向こうじゃ向こうの国の言葉だし、こっちに来りゃ日本語になってんだ。呪いはスゲーな。だからカートが『言語チェンジ』してたのか)
ただまぁ、俺の為にわざわざ通訳していた若者は残念そうだ。その辺は呪いの産物という事で許して欲しい。
俺は、俯き加減の通訳に「どうぞこちらへ」と案内された。行き先はたぶん、俺が逗留する部屋だ。けっこう距離がある道中だったので、何となくの話題としてバチカン市国の言語に関する情報を得たのだが、あそこではラテン語とイタリア語とフランス語とドイツ語とスペイン語とポルトガル語と英語が使われているらしい。なんという恐ろしいちゃんぽんなのか。でもまぁ俺が会話出来ない奴が居たのにも納得した。この七ヶ国語以外を使う客人だ。少し興味が湧いたので、試しに「In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti. Amen.」と言ってみたら驚かれた。完璧な発音のラテン語らしい。まぁ、俺が覚えたのはコレだけなので、今後も向こうの人間っぽい事を求められたら披露しよう。ちなみに通訳から「Im namen des Vaters und des Sohnes und des Heiligen Geistes. Amen.」の発音について聞かれたが、今の俺は日本仕様なので何語なのかすら理解できない。なので、空振りさせた詫びを込めて「いいんじゃねーかな?」と言っておく。そのあと通訳が「同じ内容でもドイツ語とラテン語は全然違いますよね」と伝えてきたので、すぐに謎は解けた。
やがて、思った通りというか、俺用の部屋に着く。中はまるでホテルの一室のようだ。まず広いし、バスとトイレが別だし、大きなベッドの脇には本国みたいな豪華めの机と椅子が置いてある。この教会の来客用では、一番良い部屋を宛がってくれている気がした。
やりたい事なら多々あれど、今日は変わってしまった世界に疲れたので明日から。俺はメシも食わず、ぐーぐー寝てしまった。
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