第3話 ホームラン

 その翌日、俺は埼玉県へ行きたい旨をお付きの信者に申し出る。ただ「サイタマ……?」と困惑していたので嫌な予感だ。

 詳しく聞いてみると、二百年後の日本では都道府県の境界線が無くなっていた。でも『さいたま市』という地名は残っており、そう遠くも無いという情報を得たので早速向かおうとする。しかし信者は必死になって止めてきた。どうも様子がおかしいので尋ねると、さいたま市は非常に治安が悪くて有名らしい。強盗が横行し、売春や違法薬物販売も放置されているとか。

(へー、日本はすげぇ事になってんだな……)

 まぁそれでも俺の気が変わる事は無い。治安がどうだろうと、小夜の住まいが存在している可能性はあった。モヒカンでトゲ肩パッドの悪漢が「ヒャッハー」と機関銃を乱射したところで、例えば小夜が悪漢のボスになっていたりすれば生きている。


 そうと決まれば俺の行動は速い。さっと教会を抜け出し、アンドロイドが運転するタクシーでさいたま市へ向かう。俺はヒラヒラしたシスター服の中に、護身用のナイフを数本忍ばせようと考えていた。

 悪名高いさいたま市の周囲には、そういったモノを大量に買える物騒な店が幾つか存在した。その中の一軒でナイフを購入したのだが、どの店舗にも銃が無く、刃渡りは似たり寄ったりだったので、銃刀法は未だ施行されているようだ。でもまぁ金を積めば店の奥からアレコレ出てくる雰囲気はぷんぷんしているから、このナイフで厳しいなら交渉してみよう。他の持ち物としては緊急用の携帯、食べ物と飲料水を少々。これで足りるだろうか。



 そうして辿り着いたさいたま市は、確かにガラが悪そうな街へと変貌していた。まず道路はガタガタと荒れて砂利や土が見えているし、かろうじて建っているようなビルにも落書きだらけ、ショーウィンドウの九割以上は割られ、営業している店なんか当然のように無い。歩いている奴らもトゲ肩パッドとまでは行かないが、やはりガラが悪いヤツが多かった。空に道路が浮いている光景とはえらい違いだ。

 そのせいか、タクシーの運転手から「この先は危ないです、もう勘弁してください。お客さんもお気を付けて」と半ば無理やり降ろされる。さすがのアンドロイドも、自ら死地に突っ込んで破壊されたくは無いらしい。ただマンションの住所、鈴谷への道案内だけはしてくれた。この道をまっすぐ北に向かえば看板が出ているそうだ。『まっすぐ』という単純さは、現在の地理に疎い俺にとってありがたかった。

(しっかし足場が悪いな……この靴とヒラヒラは歩きにくい)

 そう思いつつ移動していたら、さっそく絡まれる。相手は四人組の若い男たちだ。俺より小柄だしモヒカンでもない普通のチンピラ。その中の一人が古の武器、釘バットを振り回すのでプッと噴き出してしまう。女の服装なんかは流行り廃りを繰り返している気もしていたが、この釘バットもそんな感じだろうか。

 そいつらは俺の胸中も知らず、すっかりいい気になっていた。たぶん俺がこんな格好をしているので、自分たちの方が被害に遭うとは露ほども思っていない。

「よーよー、俺たちに説教するより金置いてけよ!」

「俺は説教しねぇし、金も置かねぇ」

「命乞いするなら今のうちだぜ……?」

「……脅し文句が二百年以上前のレベルだな……まさかさいたま市は自然保護区で、お前らは絶滅危惧種か? だとすれば俺も手加減しねぇと……」

「そんな話があるか! 馬鹿にしやがって、お前ぶっ殺されてーんだな!?」

「だったら遠慮は要らねぇな。お前らは知らんだろうが、この身体は『異教徒殲滅部隊』の長なんだよ……つまり、お前らは馬鹿だ」

 その四人組は護身用のナイフを使うまでもなく倒れた。単にぶん殴って蹴っただけだが、頭の打ち所によっては死んだかもしれない。まぁどうでもいいかと思い先に進もうとすると、か細い声が聞こえてくる。

「あ、あんた……キリスト教のシスターだろ……俺の隣のコイツ死んでるから、なんか唱えてくれよ……ホラ、成仏できそうなやつ」

「ぁあ? なんで襲われた俺がやってやんなきゃなんねーんだよ! 自分で坊主を呼びゃあいいだろ!」

「さいたま市になんか来ねぇよ、病院や警察すら無いんだから……頼む」

「ほー、んじゃまぁ俺でも知ってるヤツをやってやるよ……In nomine Patris, et Filii, et Spiritus Sancti! Amen!」

 俺は「Amen!」と同時にクソ図々しいやつの頭を踏んでから、祈った礼金代わりの釘バットを手にした。コレを持って殺気を漲らせていれば、ミジンコ除けになって便利そうだ。俺は颯爽とこの場を離れた。

 だがまぁ、行く先々で俺の殺気に気づけない、ミジンコ以下のゾウリムシとかアメーバが多くて参った。そんな場合は釘バットがホームランを連発。大活躍だ。汚れた釘バットは殺気を増すのに役立ったようで、よっぽどの馬鹿じゃなければ難癖を付けて来なくなる。最後に井の中の蛙みたいなチンピラの親分を場外まで飛ばしたら、やっと辺りは静かになった。

 そんな中、ようやく『鈴谷』という看板を見つけた俺は、周囲をきょろきょろと見回す。

(……そういやあさいたま市は、治安が悪いのが幸いして他の場所ほど開発が進んでねぇな。もしかしたら小夜とのマンションも残って……いや、残ってはいないだろうが、建て替えたモンくらいは在るかもしれねぇ)

 俺は看板を通り越し、とことこ歩く。するとそこに中学校を見つけた。もはや建物は崩れ、廃墟と化しているけれど、緑青まみれの看板から『鈴谷中学』という文字だけ拾えたのだ。

(上等、上等。するってーと、俺の職場はあっちで、小夜とのマンションは――)

 俺は早足でマンションの方角へ向かう。公共施設である学校がこのザマでは、マンションの建て替えなんて望めないけれど一応。

(コレでも駄目なら、戸籍なんかを漁って探すしかねぇ。しかしこの時代のシステムを理解するまで、どんだけ掛かるやら……居てくれ、小夜!)

 俺は自然と早足になり、『あおいマンション』という看板が見えそうな距離では全力疾走してしまった。

 だが。

 その甲斐も無く、マンションは影も形も無かった。淡く期待していたのにとても残念だ。

「あー……やっぱ、ねぇかぁ……」

 更に言えば、この辺は見渡す限りの更地になっており、いかにも『都市計画を途中で放り出しました』という風情で悲しい。ただ、一軒だけ不審な木造の小屋が存在していた。大きさはトイレの個室くらいだが、こんな場所に公衆便所があるとも思えない。でもまぁ、ここはマンションがあった土地。何かの手がかりになればと思い、小屋に入る。

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