第4話

「佳乃子さん?」

 小首を傾げて私の名を口にする甘梨は、今日も今日とで愛らしい。

「……少し、考え事をしていたの。私ならなんて答えるのか」

 ──好き。

「難しいですよね、どっちも好きだったで済ませられないから、会ったばかりのカメラマンに相談するわけで」

 ──好き。

「彼女が好きだったのか、彼女の書く小説が好きだったのか。彼女を知るきっかけになったのは後者なのよね?」

 ──好き。

「そうです。そうして関わっていく内に、彼女のことを好きになった。色々あって身を引いたけれど、想いはなかなか消えなくて、マッチングアプリで新しい恋を見つけることにしたと」

「……男も撮るのね」

「男女問わず撮影依頼は来ますね。ありがたいことです!」

「……えぇ」

 そういう意味ではないのに、伝わらない。

 私の時みたいに二人っきりで会ってほしくない、とか、そんな話を引き出せるくらい打ち解けたのね、とか、言いたいことはそれなりにある。

 でも言わない。

 言えば困らせる。そして訊かれるの、どうかしたんですかって。……そんなことを言われたら、思わず口に出してしまう。

 ──貴女が好きだからよ。

 言えるものなら言ってる。本人のいない場所で、誰もいない自分の部屋で、思わず言ってしまったことが何度あったか。

 でも言えない。

 言ってどうなるの。関係が変わる? それとも終わる?

 変わるとしたらどう変わるのか。

 私達は恋人になれるのかもしれない。それか、男の二の舞になるかもしれない。

 交際をしたら、人は変わるものでしょう?

「あのお客様が、素敵な恋人と出会えることを、しがないカメラマンはひっそりと祈るだけです」

 最初の人がそうだった。

 本が好きな穏やかな人だったのに、交際を始めたらだんだん、暴力を振るわれるようになった。

 それを助けてくれた次の人は、何気ない言葉で私を傷付けるようになった。

 大学生時代の、とうに黒ずんだ昔の話。

 だから男に何も言えなかったし、彼女にも何も言えない。

 変わることは、傷付けて傷付けられることだから。

「……微力ながら、私も」

「心強いです!」

 ──好き。

 好きよ、好き。

 言えないこの口の代わりに、目で訴える。

 貴女のことが好きよ。

「本当はお客様の話とか言っちゃダメなんですけど、自分の中で上手く消化できなくて、佳乃子さんに相談したかったんです。ちょっとすっきりしました!」

「……」

「佳乃子さん?」

「ありがたいけれど、信用にも関わるから」

「わわわっ! ですねっ! オフレコでっ!」

「もちろんよ」

 伝われ。

 伝わってどうなっていくのか、どうしていきたいのか分からないけれど、伝われ。

 傍にいて、その愛らしい笑みを見るたび、吐血しそうになる。

 貴女のことをこんなに想っている女が近くにいるって、どうして気付いてくれないの? ……なんて。


 気付かれたら困るのに、お互いに。

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