学校生活

 朝のHR以来、滞りなく日常は進行し4限目が終了したお昼休み。

 教室内が賑わいだす。購買や学食組はそそくさと飛び出し、弁当勢は仲良しグループで机を纏めて談笑混じりに昼食を摂る。


 割合的にはちょうど半々くらいだろう。クラスの人数も大体半分に減っていた。

 連斗はガヤガヤと移動するクラスメイトを眺めつつ鞄から弁当箱を取り出し、席から移動せずに食べ始める。


「よぉ、お待たせ」


 そこへビニール袋を片手に透也が来て、隣の空席を間借りする。透也は購買組であり、早々に買いに行って戻ってきた様子だ。


 箸で卵焼きを摘まみ、口に頬張りながら自然と隣に座る透也に視線を送る。透也が買ってきたビニール袋の中身は惣菜パンが二つとゼリー飲料と成長盛りな男子高校生の胃袋を満足させる量ではなかった。


「いつも思うけど、お前その量で足りるのか?」


 購入した惣菜パンを齧る透也に率直な感想を尋ねる。運動部に所属していない連斗ですら弁当はおかずとごはんを別々に詰められる二段のものを使用しているのだ。普通に考えてパン二つとゼリー飲料では午後お腹が空くはず。


「まぁ、少し物足りなくはあるけど……」


「学食を利用すればいいのに」


 連斗が嘆息交じりにぼやく。

 実際、麻央学園ここの学食ならば今日の昼食代で定食屋のランチメニューと同等かそれ以上の量が食べられるというのに、わざわざ透也は購買で済ませている。

 何故なら……。


「連斗が学食を使うなら大歓迎だぜ。俺はお前と一緒に食べたいだけだしな」


 ニッと絵になる爽やかフェイスで友情アピールをされる。透也が学食ではなく購買を利用する理由は単純明快。連斗と一緒にお昼を食べるためである。


「……人が多いのも混むのも嫌いだ」


 何度か同じやり取りをしているため連斗は素っ気ない態度で流す。

 透也と一緒に昼飯を食べ始めたのは去年からだ。教室でポツンと独りで昼食を摂っていた時にふらっと透也が現れて何食わぬ顔で隣の席に着いたのがきっかけだったのをよく覚えている。その時は特段会話が弾んだ記憶はなかったが、それから何度か透也とは昼休みを一緒に過ごすようになり、気付けばいまの関係に落ち着いていた。


 思えば独りになりやすかった連斗への心遣いだったのだろう。臆面もなしに小恥ずかしい本音を曝露したり、困った人には無性で手を差し伸べられる純粋な人物。三国透也とはそういう奴だ。


「しょうがねぇ。少しおかず分けてやるよ」


「まじか! いつもいつもありがとな!!」


 これも普段の流れだ。有難迷惑とは思わず、透也の優しさには感謝している連斗は、日頃のお礼も込めて弁当のおかずを分け与える。

 本当は素直に感謝の気持ちを言葉にするのが正解なのだが。透也のように包み隠さず本音を晒す気概もない連斗は、結果こういう形に収まった。


「にしてもほんと毎日凄いよな。自分で弁当を作ってるなんて」


 連斗が分けた卵焼きを頬張りつつ透也がしみじみと感心する。


「ほぼほぼ夕飯と一緒に作ってるようなものだし。手間じゃないよ」


「叔母さんからは毎月仕送り貰ってんだろ? それなのに節制しているなんて偉過ぎて頭上がらねぇわ」


 連斗は、高校生でありながら実質一人暮らし状態だった。

 というのも子供の頃に両親を亡くしている。そこで母の妹である叔母が養育者となってくれたのだが、高校生に上がってからは仕事が忙しくなり、出張で頻繁に家を留守にすることから段々仕送り生活に切り替わっていった。その結果、自宅に保護者不在の形だけの一人暮らしが完成していまに至る。


「まぁ、養ってもらっている身として申し訳ないからな」


 叔母からは困窮しないようにと多めに仕送りを貰っている。家族としての愛情を注げない代わりにせめてお金に苦労はないようにという叔母からの気遣いなのだが、女手一つで稼いでもらったもので自堕落な生活をするのは良心が痛む。

 そのため連斗は最低限のお金でやりくりできるよう毎日自炊している。必然的に家事スキルは他の男子高校生より高くなっているが地味すぎてなんの自慢にもならない。


「律儀っていうか義理堅いよなぁお前。俺、あんま生活能力ないから素直に羨ましいわ」


「そうやって褒めてくれるのはお前くらいだよ。いくら生活能力があったって大したことない」


「そんなことねーって、すげぇことじゃん!」


 卑下する連斗ですら励まし、認めてくれる透也の人情の厚さは家事スキルとは比べ物にならないくらい優良で得難いものである。


 こんなにも人間性のできた者と友人になれて誇らしいと思う反面、ただでさえ薄い個性が余計に霞んでしまうという複雑な心境となる連斗。

 決して恨みや妬みがあるわけではない。それでも客観的に評価してしまえば、どうしても悪質な面も出てしまう。


「ところで今日の放課後暇か? たまには外で夕飯でもどうよ?」


 前述の通り、連斗は滅多に外食はしない。自炊していることに加え、相手もなしに一人で飲食店で済ませるのは無駄な出費だ。自分から友達を食事に誘うこともせず、こうして話を持ち掛けられなければ選択肢にも上がらない。

 だからこそ透也から提案してくれる。


「放課後かぁ……」


 嬉しい誘いだが、即諾はせず連斗は念のため予定がないか記憶を探る。部活には所属しておらず基本的に放課後は暇だ。日課といえば、洗濯や夕飯といった家事くらいであとは適当に宿題をして、ゲームや漫画等の娯楽で時間を潰しているだけの毎日。宅配便などの私用も今日はないため家にいる必要もない。

思い返したところでびっくりする程何もないことが分かり、連斗は透也の誘いに頷く。


「俺は構わないぜ。どうせ家帰ってもやることないし」


「じゃあ、決まりだな。場所はどこにする?」


「あんま高くないとこならどこでも」


「おっけ~」


 まるで往年の夫婦のような掛け合いでとんとん拍子に会話が纏まる。透也は早速スマホを出し、お店を検索していく。

 透也と二人で食事に行くのは当然これが初めてではない。月に二~三回と定期的に機会はあり、いつも大体透也から誘ってくれお店も決めてくれる。この流れが定着し、透也も嫌な顔一つせず引き受けてくれるものだから連斗もついつい甘えてしまう。


 お店選びは透也に任せて、連斗は呑気にペットボトルのお茶で喉を潤していると、不意にその刺激が止まる。


「んっ?」


 違和感を覚え、ペットボトルを確認するといつの間にか中身が空になっていた。

 今日は気温も高くハイペースで完飲してしまうのも仕方がない。飲み物なしで午後の授業を受けるのは流石にしんどい。

 連斗は食べかけの弁当を放置して、机の横にある鞄から財布を取り出すと席を立つ。


「悪い、飲み物切れたから買ってくるわ。ついでだから何か飲むか?」


「おっ、サンキュー。じゃあ炭酸をお願いするわ」


 スマホを机に置き財布を持ってこようと透也が椅子を引き腰を浮かす。と、そこで連斗はわざわざ自席に戻るまでもないと断る。


「面倒だからお金が後でいいぞ」


「そっか、悪いな」


「いいって。じゃあ、行ってくる」


 連斗からしてみれば、お店を調べてもらっているのだから手間賃代わりにジュースの一本くらい奢っても構わないのだが。奢るといっても透也の性格的にきっちりと代金は返すだろう。なんて考えつつ、財布をポケットにしまい透也に見送られながら連斗は教室を出るのだった。



 一階の渡り廊下。教室のある棟と理科室などがある特別棟とを繋ぐ通路で、一階のは壁がなくそのまま外に出れるよう開放的な造りとなっている。

 麻央学園の自販機の半数はこの廊下沿いに設置されており、ジュースを買うためならここが一番手っ取り早い。


 季節はまだ五月だというのに温暖化の影響か今日は異様に暑かった。最高気温は夏日に匹敵し、クーラーで冷やされた教室から出るだけでシャツが汗ばむ。忌々し気に快晴の空を見上げながら早く目的を済ませて教室に戻ろうと連斗は財布を取る。

 自販機に人は並んでおらず、貸し切り状態なのが幸いだ。


「ねぇ、君。少し聞いてもいいかな?」


 自販機の投入口に硬貨を入れる直後。背後から突然何者かが尋ねてきた。

 連斗はいきなりのことに手を止め、反射的に振り向く。


「えっ、あぁ、すみません……」


 振り返った先にいたのは、見知らぬ女子生徒だった。長い栗色の髪にスラッとしたプロポーション。一見するとかなりの美少女を想像してしまうが、ある異様な点が目立つ。目元を完全に覆う前髪に夏日だというのに上着まできっちりと着用した制服。女子生徒に話しかけれたと高揚するより先に連斗は彼女の異質さを不審がる。


「こんにちは」


「あぁ、はい。こんにちは」


 クラスも学年も不明な彼女は、順序を逆に挨拶を交わす。関わりにくい雰囲気だな、と警戒しつつ連斗が挨拶に応じると彼女は名前も名乗らず、ぐいぐいと話を始める。


「ねぇねぇ、この学校に超絶心が綺麗で純粋な人間っていないかな?」


 陰気な容姿とは真反対な軽快な口調で突拍子のない抽象的な質問を振ってくる。唐突に何を聞いているのか。怪訝そうに眉根を寄せながらも連斗は頭に質問の答えを浮かべる。


 心が綺麗で純粋……連斗の識る限りでは該当するのは一人だけだった。


「俺のクラスに、一人いるかな……」


 とっとと会話を切り上げたい欲求が勝り、連斗は深く考えずに答えてしまう。


「そっか……じゃあ、間違って殺らないようにしないとね」


「えっ、なんて?」


 ボソッと言葉を漏らす彼女に連斗は思わず聞き返す。

 連斗は一瞬過ぎて気がつかなかった。目の前の彼女が不気味な笑みを浮かべていたことに。


「いやっ、なんでもないよ。それよりありがとね、お陰で助かっちゃった」


 意味不明な質問に返事をしただけで彼女は満足したのか、お礼を告げた後、くるっとターンして校舎へと戻っていく。


「何だったんだ?」


 前触れもなく突然現れ、用が済んだら失せる希薄ぶり。

 遠ざかる彼女の背中をぼんやりと眺め、残された連斗は茫然自失と疑問を溢す。真意はおろか質問の意図すらよく分からなかった。彼女の言葉は妙に変な言い回しで気掛かりな点も多分に含まれていたが、それらも踏まえて解決できないものとして諦め、当初の目的を果たす。


「っと、そうだお茶!」


 彼女と会話していた時間はほんの数分だったため昼休みが終わってしまうなんて事態はないが、クーラーの効いた教室に帰るべく連斗は自販機での購入を急ぐ。


 硬貨を投入し、ボタンを押す。

 ピッ、という電子音に続いてガコンと指定した飲み物が販売口に落ちてくる。連斗は屈み買ったばかりの飲み物を拾おうとしたその時。異様に冷たい風が頬を撫でた。


「――ッ!?」


 今日は夏顔負けの暑さだというのに背筋が凍るような悪寒が走る。不穏な気配を察知した肌がぞわぞわと粟立ち、連斗は慌てて周囲を見渡す。


 ……気の、せいか?


 目に映る景色は、普段の学校の様子と何ら変化が起きてないことから安堵したのも束の間。辺りが急に暗くなる。

 太陽が雲で覆われゆったりと光が遮られていくような光景。否、快晴の空に短時間で雲が湧くはずがなかった。ならばどうしてこんな現象が起きているのか。連斗は異常の原因であろう空を見上げる。


「なっ、なんだあれ!?」


 瞬間、連斗は驚愕した。


 連斗が向けた視線の先に、巨大な真っ黒な円環と幾何学的な紋様があったからだ。不気味に輝く紋様は太陽を覆い被し学校の空全域へと広がっている。

 俗に言う魔法陣の類だろうか。連斗が漫画やゲームで登場する要素と現状を重ね合わせていると、スゥと溶けるようにして魔法陣が消える。


 動揺と混乱でリアクションもできずに佇んでいると、やがて校舎の至る箇所から黒い柱が上がり、オーロラに似たカーテン状のヴェールが舞台の垂れ幕のように空からゆっくり降りてきて学校の敷地の内と外を分ける境界線を作る。

 学校と外界を隔絶し、生徒を逃がさないための結界のように連斗は見えた。実際に近づいていないためその詳細は不明と役目は不明だが、どちらにせよこの学校で異常事態が発生していることには変わりなかった。


 ――何かが起こりそう。


 漠然と根拠のない不安が頭によぎる。連斗は居ても立っても居られなくなり駆け足で校舎へと戻り教室を目指す。

 それが地獄の入り口だとも知らずに……。

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