盟約の死霊術師

ゆう@まる

日常

 月曜日。それは一週間という憂鬱の始まりであり、学校の開始を意味する曜日。大抵の学生なら疎ましさしかないワードの例に漏れず、吾妻連斗も怠さ全開の身体を引きずりながら校門を潜る。


 挨拶運動やらで並ぶ生徒に適当に返事し、昇降口を目指す。

 下駄箱で靴から上履きに履き替え、15段程の直線階段を上り二階へ。そのまま長い連絡通路を抜け、教室のある棟へとやって来ると迷わず2-Bと立札の掛かった扉を開ける。


「おはよ~っす」


 大き過ぎず、小さ過ぎず。入室と同時に普通の挨拶をする。


 既に登校していた生徒はそれぞれグループを作り談笑中のようだ。ガヤガヤして内容は聞き取れないが、扉の開く音にチラッと何人かの生徒は一瞥するも特に気にせずトークに戻る。


 これが吾妻連斗というポジションだ。


 平たく言えば、ということ。いい意味でも悪い意味でも目立つことはない普通の奴。いても邪険にもされないし優遇もされない。

 ただどこにでもいるクラスメイトであり、授業などで一緒のグループとなれば大半は嫌がらず協力できる程度の好友関係。

 波風が立ちにくい、一番安全で平穏な立場である。


 そんなクラスメイトたちからの注目もないまま自席へと向かっている途中。閉めたはずの扉がガラガラと音を鳴らし、新たな生徒が登校する。

 またしても雑談中のグループが一瞥するも今度はあからさまに反応が違う。


「おはようございます」


 しとやかで丁寧な挨拶。凛とした佇まいは気品に富みどこかの企業のお嬢様を連想させ、男子を筆頭に視線を釘付けにする。


 連斗とは正反対に挨拶だけでざわついたクラスを一瞬静寂とさせ好奇の目を集めた彼女の名前は東雲優莉しののめゆうり。クラスはおろか学校でも随一と謳われる美少女だ。徹底的に無駄の省いた魅力的なボディラインに肩口より長い艶やかで健康的な紫紺色の髪。青系統の神秘的な瞳と鼻筋から瑞々しい桜色の唇までが完璧に配列された〝美〟という言葉を体現したような顔立ちは芸術作品のようだ。


「お、おはよう東雲さん!」


「し、東雲さん。おはようございます!!」


 そんな彼女が鞄を片手に窓際にある自席へ向かう動線。通り道に隣接していた机を囲うクラスの男子がおどけながらも自分の存在をアピールするように挨拶を交わす。


「おはようございます」


 優莉は浮足立つ男子生徒など意に介さず、全体にしたのと変わらぬトーンで一礼をして席に着く。


 これが東雲優莉である。

 容姿が容姿なだけに男子から寄せられる好意は凄まじいもそれらにびるわけでもなく存外に弾くクールぶり。

 単に男性に興味がないのでは?

 連斗も当初はそう思っていたが、決してそうではない。そもそも彼女が男女関係なく特定の人と親しくしているところを見たことがない。それは連斗に限らず、クラスメイトたちも同様で彼女の素性を知る者は学校で一人としていないだろう。


 つまりは孤独なのだ。性格的にもクールで物静か、学校生活において笑ったり怒ったりと表情が変化したことは一度もない。たまに読書をしており、そこに目をつけた輩が本が好きなのかと会話の糸口を探るも「はい」と肯定されるだけで何も発展しなかった前例もある。


 東雲優莉という人物は心的距離が遠いのだ。周りがいくら関わろうとあちらは境界線を引いて歩み寄ってはくれない。

 コミュ障かどうかはさておき、彼女自身にその気がないのだ。


 当然、告白など以ての外で数々の男子生徒が果敢に挑んでは撃沈。彼女と並ぶような眉目秀麗なイケメンでさえ介入の余地がなかったという噂まである。さらには品のある風貌風格に加えて成績優秀でスポーツ万能ときた。女性側からしたらなんとも面白くないだろうが、元々が孤立無縁なため省きようがなく、こうして優莉は優莉としての立ち位置を構築しているのだから凄い。


(にしても、よく飽きずに話しかけられるよなぁ)


 傍から見ても脈どころか壁すらあるのに未だ諦めずにコミュニケーションを図ろうとするクラスの男子共はあまりに不憫ふびんでしょうがない。

 連斗に至っては初日で無駄だと悟ったというのに。


(まぁ、お近づきになれたら高校生活勝ち組は約束されたもんだからな。そりゃあダメ元でも突貫するのが吉か)


 悲観的な反面、青春を謳歌したいと願う男子高校生なら高嶺の花に夢見るのも自然なことなのだろうと納得もできる。

 なにがどうあれ普通の権化のような連斗にはどちらも一生関係のない話ではあるが。


「よおっす、連斗おはよ!」


 優莉の登校というプチ騒動の後、鞄を机に置いた連斗の元に一人の男子生徒がやって来た。


 唯一、連斗に挨拶をしてくれた彼の名前は三国透也みくにとうや。しっかりとセットした茶髪に顔のパーツ全体が綺麗に纏まった清爽フェイスのイケメンだ。身長も連斗より頭一つ高く、棘のない性格なため男女問わず人気がある。

 その最たる要因は天性の優しさで誰からの頼みも嫌な顔せず引き受ける人柄だろう。


 驚くべきことにイケメンで優しいというモテ要素の塊のような奴が、連斗が一番仲の良い友人だったりする。

 去年から同じクラスだったもののどういった経緯で仲良くなったのか実のところ連斗はよく覚えていない。好青年のような性格の透也は誰とでも分け隔てなく関わるためどこかしらで接点は持っていただろうが、具体的なきっかけは謎である。


 実際、いまは仲良くやっているのだからきっかけなど些細なことだ。


「あぁ、おはよう透也」


「それにしても相変わらずの人気っぷりだな東雲さん」


 早速、ついさっきのホットな話題を提供される。


「みんなこぞってチャンスを伺ってるのに微塵の隙も見せない完璧ぶり」


 如何にも外野とばかりに水面下の抗争模様を説く透也は連斗と同じ側で、優莉を巡る恋愛戦線に参加するつもりがない。

 透也曰く、ビジュアルや知名度で好きにはならず、重要なのは外見ではなく内面であり、よくも知らない相手への好意は失礼に値するとのこと。

 なんとも人格者な回答である。


「さっすが〝孤高ここう花姫はなひめ〟だな」


「……なにその厨二みたいな名前?」


「なにって、東雲さんに付けられた異名だよ。結構有名だけど知らなかったのか?」


 透也は意外そうに目を丸くするも本当に初耳の連斗はきょとんとするしかない。


「難攻不落で落としどころはなく、孤高を貫くクールで気品な姿勢と東雲という花名の苗字を掛けてそう呼ばれてるんだよ」


「ふ~ん」


 全くもって興味がなかった。


「厨二っうか、ターゲットにされてるみたいで本人も嫌だろうに」


 堂々声明するつもりはないが、頬杖をつきながらくだらないと吐き捨てる連斗。

 すると透也は何故かニカッと嬉しそうに笑う。


「やっぱ連斗はそう思うよな」


「なんだよやぶから棒に」


「いや優しいお前ならきっとそう反応するって信じてたから」


 爽やかフェイスの透也に嘘偽りはない。

 何をかは不明だが、本気で信用されているようで連斗は背中がむず痒くなる。


「優しいって、その代表格みたいなお前が言うか普通」


 気恥ずかしさを誤魔化すように連斗は若干の皮肉を交えて応対する。


「嬉しいこと言ってくれるじゃん。でも、連斗には俺にはない優しさがあるし他にもいいところがいっぱいあるぜ」


 カウンターを褒め殺しで見事に相殺され連斗は羞恥に黙るしかなくなる。

 冗談なく素直に他人を認められるこの姿勢だけはどう頑張っても真似できないだろう。

 それが透也が周りから好かれる由縁でもある。


「なぁに朝から男同士イチャついてるのよ。気色悪い」


 そんな二人の空間に毒を吐きながら突如として女子生徒が割って入る。


「別にいいじゃんかよ千早ちはや。それだけ俺たちの友情が美しいってことで」


「はいはい、ならいっそのことその友情を熱烈な愛にでも変換させてみたらどう?」


 辛辣な言葉を向けられようと透也は軽快に受け流す。そんな彼に負けじとキラーパスを返す彼女の名は千早天音ちはやあまね。首元には愛用のデジカメを下げ、いついかなる時でもスクープを見逃さない新聞部所属のクラスメイトだ。勝気な印象を与えるつり目に赤茶色の髪を短めに切り揃えた、男負けしない活発系女子である。


 透也とは、同じ中学の出身らしくそれ故に親し気に絡んでくることが多い。

 昔からの知り合いということでお互いの距離感や関係性はよりハッキリしている。だからといって険悪というわけでもなく、さっきも侮蔑というより遠慮なしに感想を述べているだけで、天音も心の底から透也を嫌ってはいない。

 ただこういうことを言い合う仲なのだ。


「おっ、それいいじゃん。どうせなら思いっきし見せつけてやるか?」


「やめろ!」


 ノリノリで爆弾を投下する透也にすかさず連斗は突っ込む。

 勿論これは冗談なのだろうが、心臓に悪い。


「やるならとことんやっちゃいなさいよ。じゃないと記事にし甲斐がないから」


「まじでやめてくれ……」


 カメラを構えて不祥事に乗っかってくる天音に、連斗はぐだぁと項垂れる。

 透也と同級生ということもあり連斗もそこそこ彼女とは親しい。会えば普通に会話するしお互いに邪見にせず普通に好友している。


「んで千早は俺たちに何か用か?」


 開口一番で悪態を吐かれたため妙な方向へと話が逸れてしまい、透也が訊き改めてくれる。

 仲は悪くないとはいえ、始業までの短い時間に絡んでくるような間柄ではない。連斗がいるなら尚更であり、透也は天音がわざわざ訪ねてきた訳があると踏んでいた。


「っと、そうだった! ちょっとあんたたち二人に訊きたいことがあるんだけどいいかしら?」


 口調はやや荒っぽいがこれが天音のデフォルトである。特段厄介そうな事案でもないのだろうと連斗たちはのんびりと頷く。


「この学校の七不思議って二人は知ってる?」


「七不思議?」


 あまり重大でないと察していたが、それにしても突拍子のない話題である。

 クラスの美少女の異名すら今日まで耳に入らなかった連斗がそんな噂の域を出ない話題に詳しいはずもなく。なんとなくで隣にいる透也と顔を合わせる。


「そんなものがあるのか? 出来てまだ新しいんだぞ麻央学園ここ


 透也も知識はなかったようだ。頭に疑問符が浮かんでいる。


 連斗たちが通う麻央学園高校まおうがくえんこうこうは創立して間もない歴史の浅い学校だ。校舎も建設されたばかりであり、設備も充実していることから開校当初から競争率は高く生徒数も充実しているもののオカルトじみた噂が蔓延はびこるには些か伝統不足だろう。


「大体七不思議ってのは、古くから言い伝えられている伝承みたいなもんだろ? 新設されたばかりの歴史の浅い校舎にそんな怪奇的な話が本当にあるのか?」


「そう、そこなのよ! 透也と同じで私も違和感があって絶賛調査中なの!!」


 そこで連斗たちに情報を求めてきたということだ。


「透也、あんたいろんな人と仲がいいんだからそれ関係の噂とかどこかで聞いたことない?」


 二人にといっても本命は透也らしい。

 人脈の広さから考えれば当たり前の人選だ。平々凡々な連斗と人気な透也を比べたらどちらが有益な情報を持っている可能性が高いかは一目瞭然である。


「悪いな俺もその話を今日初めて聞いた」


 しかし、天音の思惑は外れたらしく透也は首を横に振る。


「そう……まっ、広まってなくて当然だから気にしないで。念のため確認なんだけど、吾妻は?」


「いや、全く」


「うん、だよね」


 こっちは最初から期待されていなかったようで、間隔を空けずに首肯されてしまう。それはそれでやや悲しくもあるのだが……。


 そんなわけで蚊帳の外にされた連斗は、透也と天音の会話を適当に聞く。


「ところで千早。この学校にはどんな七不思議があるんだ?」


 流石に不可解な七不思議が存在するというだけの情報を放置はできず、透也はさも自然に調査の進捗具合を尋ねる。


「残念だけど、七不思議があるっていう噂を掴んだだけで、具体的な怪談を知る者を探して聞き込みをしているところよ」


 何の確証もない噂からスクープに繋げようとする報道魂は素直に感心してしまう。


「でも、その過程でソース不明の黒い噂なら入手したわ」


「黒い噂? それって七不思議と関係ないの?」


「その辺りは現状なんとも。もしかしたら噂の真相に絡んでるかもしれないけど、こっちは陰謀論みたいなものだからね」


「陰謀論ってあれか、都市伝説的な!」


 興味津々な透也の言葉に、天音は小さな顎に手を当て若干怪訝そうに頷く。


「ん~まぁそんな感じかな? この学校って割と急に出来たでしょ? いまの時代学校なんて簡単に建てられるものじゃないから土地やら校舎の設備費用なんかを莫大な財力源を持つ組織が援助してくれてるんじゃないかってね」


 あまりそそられないのか天音は熱意なく調査の過程で入手した情報を淡々と提示する。


「あとはそれ関連で、この学校は何者かの陰謀によって作られて実験のために生徒が数名行方不明になっていたりだとか。実験によって死んだ生徒が亡霊となって校内をうろついているだとか」


 それこそむしろ七不思議なんじゃないのか、と連斗は内心で呟く。

 真実を追求する天音にとってリアリティに欠ける陰謀論には好奇心が湧かないらしい。連斗にしてみたらどっちも似たような領分に見えるのだが。


「確かに新しい学校が出来るのは珍しいことだけど、いくらなんでも裏組織絡みは壮大過ぎる設定だよな」


 冷める天音に気を遣ってか透也も先程までのテンションを落とす。


「そうなのよ! 話が壮大過ぎていまいち現実味に欠けるっていうか、記事にしづらいからぶっちゃけ私にとって価値が薄いっていうか。それならまだ七不思議の方がエンタメ的にもみんなの興味を得やすいわけで――」


 分かってもらえたのが嬉しかったのか、天音は饒舌じょうぜつに自身の拘りを主張する。

 そこは空気を読んだ透也が功を奏したようだ。

 ちょうどそのタイミングで始業のチャイムが鳴る。


「っとチャイムだ。それじゃあ、今後それについて何か分かったことがあったらその時は頼むわね!」


「おうっ、任せておけ」


 一方的に約束を置いて自席へ戻っていく天音。その行動力と強引さは相変わらずだ。

 彼女の望む情報が回ってくるかどうかは別として、協力自体は吝かでもない透也はいつもの笑顔で承諾する。


「んじゃ、俺も席に戻るわ」


「あぁ、後でな」


 始業の予鈴に各々グループを作り雑談していたクラスメイトたちが散り散りとなってそれぞれの席へと戻っていく。

 透也もそれに合わせて連斗の席から離れて、反対の通路側の机に向かう。

 なんだかんだで騒々しかった時間に区切りがついた頃、教室に担任が入ってくる。


 起立、礼、着席。いつもの挨拶を済ませ担任から出席確認がされ、今日も普段通りの学校生活が始まるのであった。

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