第88話 虐殺のザビーネ ーゴブリン・セイジー


「ゴブリン・セイジ様! 女を捕まえましたギャ!」


「どれ。どんな女だ?」


 部下の者達が手綱を引くと、涙を流しながら1人の女が入って来た。


「ううううぅぅ……誰かぁ……助けてぇ……」


「……お前達、これはハーピーではないか」


「ハーピーだギャ」

「お気に召さなかったギャ?」

「お、お仕置きされるギャ?」


「ハーピーの女……それもこの美貌。これはハーピオンの者の証……」


 女の身体を見る。


 青い髪。羽毛の隙間から見える華奢な人間の要素。潤んだ瞳。


 ……。


「良くやったぞ!!!」


「褒められたギャ!」

「美人だからギャ!」

「ご褒美だギャ!」


「ハーピーの血が混じればどうなるんだ? 試してみたいぞ」


 ふっふっふ。俺がこの群れに生まれて数年。やっと小国の軍隊を倒せるまで数を増やした。ハーピーならばさらに早いペースで増やせられるかもしれない。


「もっと強くなれるギャ!」

「ゴブリン・セイジ様がいればまけないギャ!」

「安全な棲家も見つけてすごいギャ!」


 安全な棲家……か。それだけじゃない。


 このイーヴェの森の地下空洞は森の端から端まで繋がっている。これを利用した奇襲での馬車襲撃……我ながら妙案だったな。この森に目を付けていて良かった。


「わ、私……どうなっちゃうんですか……?」


 女が体を震わせる。


 これは、中々にソソる。己の運命を思い知らせてやろうか。


 コイツがどんな目に遭うのかを。


 女の顔を覗き込み、ドスの聞いた声を出す。


「教えてやろうか? お前はな。これから死ぬまで産み続けるんだよ。俺達の子をな」


「ひっ……!?」


「泣いても喚いても決して逃げられない。諦めるんだな」


「い、嫌ぁ……」


 お、良い反応。これだから弱者を痛ぶるのはやめられないな。


 絶望した表情の女が金切り声を上げた。



「嫌やああああああああ!! やめてええぇぇ!! 許してええええぇぇぇ」



「う、うるさいギャ!?」

「洞窟だから響くギャ!?」

「セイジ様怖がらせすぎだギャ!?」


「う、うるさいぞお前達! 早くその女を黙らせろ!」


「え、それって先にやっていいのギャ!?」

「やったギャ!」

「みんなで抑えるギャ!」



「お、おい! 違うぞ! そういう意味じゃ——」



 勘違いした者を止める間も無く、仲間達が女へと飛びかかる。



「い、嫌ぁぁぁぁっ!」



 クソ。やってしまった。俺が1番のはずだったのに……馬鹿達はこれだから困る。


 後悔の念に頭を抱えていると悲痛な叫び声が聞こえてに来た。



 「ギィアアアアアァァァ!!」



 ——仲間の叫び声が。



「な、なんだギャ!?」

「1人殺されちゃったギャ!?」


 そう叫んだ仲間の頭を何かが鷲掴みにする。


「ギッ!?」

「痛ぁっ!?」



 それは鳥類の脚。ハーピーの鉤爪かぎづめが俺の仲間2体の頭を掴み、ゆっくりと立ち上がった。



「んだぁ……? テメェらみたいなクソオスがとヤレるとでも思ってんのかよ」


 女の雰囲気が変わる。涙を潤ませていた両眼は、鋭くなり、真っ黒な眼球の中心に赤い瞳を光らせる。


 縛られていた縄を引きちぎり、それと同時に仲間達の頭をその鉤爪で握り潰した。


「ア"」

「キ"」


 断末魔の叫びすらあげることなく、2人の体から血飛沫が上がる。噴き上がる赤い色の中で、ハーピーの女は醜悪な笑みを浮かべた。



「クカカカカカカカカ!! もろいねぇ! テメェらみたいなクソオスなら何匹でも殺せそうだ!!」



「お、お前……!? なんだ!? なんでそんな……何者だ!?」


「何者だぁ? 今わからせてやるよ」


 女が翼を広げて舞い上がり、地上にいる仲間達へとスキルを放つ。


葬爪撃そうそうげき!!」


 急降下した女が数体をその鉤爪で絡め取り、再び空中へと舞い上がる。


「ギィィィイィィ!?」

「いだい"ギャァァァ!?」

「助け……ギャ!?」



「カカッ。死ね」



 女が仲間の体を引きちぎる。断末魔の声と共に血の雨が降り注いだ。


「ヤバすぎるギャ!」

「に、逃げるギャ!?」


 怯えた仲間達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。


「待てお前達!! 強いヤツには群れ全員で……」


 俺の話など誰も聞いていない。皆目の前のハーピーに怯え切り、逃げることしか頭に無くなっている。



 な、なんでこんなことに……。



「逃すわけねぇだろうがよぉ!!」


 女は、いつの間にか成果として持ち帰った大剣を装備していた。



 古代文字の書かれた大剣。



 それが眩い光を放つ。



絶空斬ぜっくうざん!!」



 女が大剣を薙ぎ払うと空間が歪む。



 次の瞬間。



「ギ!?」

「ガァァァァ!?」

「なあ"っ!?」

「うぐっ!?」

「ギャァァァ!?」

「ギャギッ!?」

「グアアァァァ!?」



 体を真っ二つに切断された仲間達の断末魔が洞窟中に響き渡る。


 女が両手を広げ、天を仰ぐ。



「前より強くなってやがる! アタシは特別!! 最強だ! 誰もザビーネ様には勝てねぇ! カカカカカカカカカ!!」




 ……今ならあのザビーネとかいう女を仕留められる。


 俺の深淵破アビスウェーブなら……。


 両手に魔力を貯め、狙いをヤツへと定める。



 死ね! 化け物!!



深淵アビス——」

「何してやがる」


 ザビーネが剣を振るった瞬間、右腕に猛烈な痛みが駆け巡る。


「ぐ、ぐあぁぁぁ……っ!?」


「騙し打ちかよしょうもねぇ」


 見下したような顔をしたヤツが近付いて来る。


「く、来るな! 来るなぁ!」


「おやおや。どっかで聞いたようなセリフだな」


 ザビーネが俺の顔を覗き込む。


「立場逆転だねぇ。クカカ」


「た、助けて……」


「あぁ? ……じゃあ1つ条件出してやるよ。お前らが略奪した物資の中に宝あるだろ? アタシに差し出しな」


「わ、分かった。場所を言うから。命だけは……」


「殺す」


「え?」


「言えばこの剣で楽に殺してやる。拒否すれば鉤爪でハラワタ引き裂いて苦しませて殺す。選びな? クカカッ」


「え……? あ、あ……」


 ザビーネが凶器にまみれた表情を浮かべる。


。お前の命をよぉ! カカカカカカ!」


 答えられず言い淀んでいると、ザビーネが脚の鉤爪で俺の肩を掴む。


「がっ……!」


「他の選択肢なんてあると思うなよ?」



 その瞳に慈悲は無い。



 助かる道は無いと突き付けられる。

 


 俺は……。



 絶望の2択を迫られた。

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