第68話 ヴィダルという男 ー兵士ライラー
フィオナ達がハーピオンへと入ったその頃。
——人間の国、ヒューメニア。
酒場に入ると同じ部隊のブラットが声を上げた。
「お、ライラ! やっと来たか!」
ブラットが大袈裟にジョッキを上げる。それを見てなんだか恥ずかしくなってしまった。
「やめろよ〜他の客に見られるじゃんか!」
「いいじゃねぇか! だってよ、姫様のお付きの任務なんて相当な大役だぜ?」
「そ、そうだけどさぁ〜」
今回アタシは姫様とハーピオンへと向かう任務に着くことになった。実際は30人くらいの部隊だから、そんなに大役ではないんだけどな……。
ま、まぁ? 姫様は声をかけて下さるし、名前も覚えてくれてたから、その、気に入られてるのかなぁ〜なんて思うけど。
「でもよ。なんか遺跡の調査だろ? なんでこう国内が大変な時期にそんなことやるんだろうな?」
「危険があるかを調べるんだってさ」
遺跡を調査するという名目で出国し、調査の後ハーピオンに向かうとは聞いているけど、そっちは極秘任務らしい。ブラットに話せないのがなんだかもどかしいな。
「ふーん。でもいいなぁ。王族の護衛なんて」
「まぁ、でも姫様は……」
「なんだよ?」
「姫様を見てるとさ、なんだかやるせない気持ちになっちゃって。あんなに聡明な人なのに」
……この国の次期王は姫様の弟、アレクセイ様だ。だけど、まだ5つのアレクセイ様にすぐ王位を渡すことはできない。だから、陛下はこの国の伝統を曲げてまで姫様を繋ぎの当主として指名するつもりだ。
「仕方ねぇだろ。初代王のことがあんだから」
「まぁね。でもさ、貴族達はともかくヒューメニアの王はずっと名君じゃないか。そんな人達の血筋で乱心を起こす人なんて想像できないよ。それも、姫様と同じ女性で」
「そういう経験があったからこそ王達は反省したんだろうよ」
この国には有名な言い伝えがある。
初代王……それは女性だったと。でも、それがある日突然乱心を起こし、この国の民達を殺し始めた。そして、女王の弟が泣く泣く姉を討つことになったという。そしてそれ以後、ヒューメニア国王には男が就くことが伝統となった。
「そのせいで、姫様が王位を告げないというもの可哀想だな……」
「お前が気にすることじゃねぇよ」
ブラットがそう言った瞬間。後ろから急に肩を掴まれた。
「おい。さっきから何王族の奴らの話をしてやがる!」
振り返るとガラの悪そうな男が3人。真っ赤な顔で立っていた。
「アンタ達、アタシらが兵士だって分かって絡んでる?」
「分かってるよぉ! もう俺らは役人やら王族に吸い付くされんのはまっぴらごめんなんだ!」
またか。魔王国が宣言をしてからというもの、こういう輩が出て来て困る。今まで何も不満なんて言わなかったじゃないか。何を突然喚いているんだコイツらは。
「おら来いよ! 女兵士なんざ俺がボコってやるからよぉ〜!」
「やっちまえ!」
「兵士のクソ共に思い知らせてやれ!」
「……お前らなぁ!!」
立ちあがろうとすると、ブラットに腕を掴まれる。
「なにブラット? 止める気?」
「こんな所で問題起こして任務が不意になったらどうする? こんなヤツら無視しとけ」
「で、でもコイツら……」
「何もできやしない。相手にするな」
「何さっきからゴチャゴチャ言ってんだよ! 兵士様は薄汚え市民は相手にしませんってか!?」
酔った男が持っていたビンを叩き割りこちらへと向ける。
「上等だぜ! そっちが無視する気ならよぉ。嫌でも相手するしかないようにしてやんよぉ!!」
男がビンを振りかぶった瞬間——。
その腕を誰かが掴んだ。
「酔いに任せて暴れるのはやめておけ」
それは、黒いフードを被ったヒューメニア人の男だった。
「あ? テメェに俺らの何が——」
酔った男がその黒フードの男を睨み付けた時。
男が何かを呟いた。
すると突然。先程まで喚き散らしていた男が大人しくなった。
「金を払って帰れ。今日の所はな」
「はい……ヴィダル様」
酔っ払いはそれ以上何も言わずに去って行く。取り巻き達は戸惑った様子でその男について行った。
「あ、アンタ……何したの?」
「別に何も。説得しただけだ」
◇◇◇
その後、ヴィダルという男も交えて飲み直すことになった。
「いや、それにしても凄えなおい! お前博識だなぁ!」
「別に。興味がある物なら皆知っていることだ」
「
先程からブラットとヴィダルは
話を振られるたびにヴィダルは技の効果的な使用法や派生技を解説していた。
今まで仲間達が
「いや、お前さんとは何時間でも飲めそうな気がするぜ〜」
そんな様子をぼーっと見ているとヴィダルがこちらを見た。
「そろそろ夜も更けてきたが、帰らなくて大丈夫なのか?」
あ、しまった。酔っ払いの件ですっかり忘れてた。明日の調査は早朝出発だ。起きれるかな……。
「俺が送って行こう」
「ライラは女でも兵士だぜ? 大丈夫だって!」
「他にもあの男達のような者がいるかもしれない。念の為だ。ライラが嫌ではなかったら……だが」
今まで誰にも女性扱いされたことなんてなかったから急に恥ずかしくなった。
私が返答に迷っているとブラットが耳打ちして来た。
「おい。男っ気が無いお前に巡って来たチャンスじゃねぇか。送って貰えって。悪い奴じゃなさそうだしよ」
「えぇ……い、いや確かにカッコいいけど……」
「お前、このままだと一生1人身だぜ?」
「う、わ、分かったよ……」
◇◇◇
ブラットに別れを告げてヴィダルと共に路地へと出た。
深夜のヒューメニアの街は、灯りもなくひたすらに真っ暗な道が続いていた。
しばらく無言で歩いて私の家に着いた時、ヴィダルが口を開いた。
「ライラが酒場に来た時に聞いてしまったのだが、遺跡の調査に行くのか?」
「え? うん……そうだよ?」
「そうか」
なんでそんなこと聞くんだろ?
そう思った時、急にヴィダルが顔を覗き込んで来た。
助けて貰った時のことを思い出して、心臓が高鳴る。
「ど、どうしたの……?」
や、ヤバイ……。こんな時どんな顔していいか分かんない。恥ずかしさのあまり思わず目を逸らしてしまう。
「ライラ」
「う、うん」
「俺の眼を見ろ」
「え?」
反射的にヴィダルの眼を見た時、彼が告げた。
「
「あ……あ……」
魔法名と共に急に頭がぼんやりして来る。
「酒場で張っていた甲斐があった」
何? この人は、何を、言ってるの……。
「お前には遺跡でやって貰うことがある」
頭が回らない。ダメだ。この魔法を、振り払わないと。
「な、に、を……」
「邪神竜の封印。それを解放する役目をお前に与えよう」
ヴィダルの眼が黒く染まっていく。そして、真っ黒な眼の中に、
その瞬間。他のことは何も考えられなくなった。
封印。
封印、解かないと。
封印。
フウイン。
フウインヲ……。
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