第67話 もう1つの暗躍 ーフィオナー 

「おぉ!? 海面を滑ってるようじゃの! 速いぞキュオちゃん!」


「キュオンッ」


 ディープドラゴンの背に乗り、私とイリアス。そしてイリアスの側近3名はハーピオンに向かうことになった。


「なんですかそのキュオちゃんという名前は?」


「レオリアから聞いたのじゃ。キュオンと鳴くからキュオちゃんじゃと」


「……酷いセンスね。これからハーピオンに入るのですから、そのような恥ずかしい名では呼ばぬように」


「キュルルル……」


「キュオちゃん悲しそうなのじゃ」


「ぐ……っ!?」


 私が悪いのか?


 レオリアめ、ヴィダルのテイムしたドラゴンならばもっと崇高な名前を付けるべきでしょう。キュ……キュオリスとか。


 水を切りながら進んで行くとやがて断崖と建造物が合わさった一帯が見えて来た。


「あれがハーピオンかぁ。ところで、わらわ達は何をするのじゃ?」


「貴方は何もしなくていいです。擬態魔法で我らの眼さえ通常の目にしてくれるだけで。後は私が」


「ふぅん。フィオナは随分ヴィダルに信用されとるのじゃなぁ」


「信用? 当たり前です。魔王国で頭脳労働はヴィダルに次いで私の役目なの」


「ふ〜ん。で? 何をするのじゃ?」


「……生意気な子供。ヴィダルから頼まれたことは2つ。ハーピー共を遺跡へと向かわせること。もう1つはヒューメニアで人身売買が行われていることを教えるのです」


「人身売買ぃ?」


「えぇ。ハーピオンが歴史上最も嫌う行為。これを利用します」


「よく分からんがフィオナのお手並み拝見と行こうかの〜」


 イリアスが座り、ユラユラと足を振る。


「ほら、偉そうなことを言っていないで擬態魔法ディスガイズをかけなさい。貴方と部下達もエルフに擬態するように」


「のじゃ〜」


 イリアスが擬態魔法をかけていくと、その姿は一瞬にしてエルフの少女となった。3人の部下達も同様にエルフの姿となり、エルフェリアの使者団の様相となる。


「お主の眼にもかけるのじゃ」


 イリアスが手をかざすと、私の目も以前のものと同じになる。


 ……ヴィダル。私は貴方の期待に応えて見せます。絶対に。



◇◇◇


「ディ、ディープドラゴン……!?」

「襲って来たりしないんだろうな……!?」

「ドラゴンのテイムなんてできるのかよ……」


 門を潜った時からハーピー達が恐れおののく。


 ふふ。ヴィダルの言った通り。ディープドラゴンを連れて来るだけでエルフェリアの権威は何倍も示すことができますね。


 事前に使い魔を送っていたことを伝える。すると程なくして案内のハーピーが現れた。


「どうぞこちらへ」


 案内のハーピーについて石畳みの道を歩いて行く。イリアスがキョロキョロと辺りを見回した。


「ほぉ〜ハーピオンの奴らは女は人間に似ておるが男はまんま鳥じゃの」


「我が種族ハーピーには女性しかおりません。家族を構成するのは彼らのような鳥人種のバードマンや人間の男性ですね」


 案内役のハーピーが答えると、イリアスは戸惑ったような顔をした。


「な、なんだか背徳的な感じがするの……」


 イリアスをたしなめながらさらに進む。やがて一際大きな建物へと案内された。


 案内役のハーピーが大きな扉の前で立ち止まる。


「こちらの奥でリイゼル様がお待ちです」


「リイゼル? 女王様に謁見させて頂けると思ったのですが……」


「それはリイゼル様が判断致します。中へ入れるのはお1人のみ。代表の方は中へ」


「しょうがないの。がんばるのじゃぞフィオナ〜」


 大きく手を振るイリアスに見送られて部屋へと入る。中には大きなテーブルが1つ。そして、その奥には女の私ですら息を呑むほどの美貌を持つハーピーが座っていた。


 彼女がその翼を指した先へと座る。


「お初にお目にかかる。私の名はリイゼル。一応この国では序列2位に位置している。ディープドラゴンを連れての入国とは、エルフは随分傲慢なのだな」


「いえ、我らの国より貴国を訪ねるには海路の方が都合が良かったものですから」


「ふん。そういうことにしておこう。エルフェリアが我が国へと何用か?」


「女王様へお伝えしたいことがございます」


「まずは言ってみなさい。その上でお伝えするか見定めよう」


 落ち着けフィオナ。ヴィダルの言っていたことを思い出せ。相手の表情を見ながら、こちらのペースへ引き込むように……。


「ナイヤ遺跡をご存知ですか?」


「もちろん知っているが」


「あの中に何が封印されているかも?」


「……我が国の伝承では近づくと災いが起きるということだけは」


「エルフェリアの文献にはこう記されています。あの場所にはいにしえに封印されし魔神竜が封じられていると」


「魔神竜? 初耳だな。それで? それが何か?」


「ヒューメニアがその魔神竜の封印を解こうとしております」


 リイゼルの眉がわずかに動く。


「彼の国がそのようなことをする意味が理解できないな。わざわざそのような危険を犯すことなど」


「こうは考えられませんか? 魔王国が現れたことに動揺したヒューメニアは、古代の竜の力を得ることで魔王国へ対抗しようとしたと」


「……」


 リイゼルが黙る。ここであの「話」を出すか。


「ヒューメニアは隠蔽体質を持つ国。極秘に魔神竜の力を得ようと考えても不思議ではありません」


「なぜそう言い切れる?」


「彼らがを行っていることはご存知ですか?」


「何?」


 明らかに嫌悪感を示す顔。やはり彼女達の歴史認識は未だ変わっていないのか。


「疑われるのならば密偵を送り込めばよろしいでしょう? それでハッキリしますから」


「……そこまで自信のある発言か」


「話を戻します。彼らがその力を使ってをした後に目を向けて下さい」


「つまり、ヒューメニアが魔王国を打破した後は我らの国へ攻め込むと?」


「おっしゃる通りです」


「にわかには信じがたいが……」


「信じるか否かは貴国にお任せ致します」


 悟られないように息を吸う。


「しかし」


 ヴィダルから教えて貰っていた交渉法を使う。「意思決定者ではない者」を動かす為の方法を。


「リイゼル様があるじへと、魔神竜がヒューメニアの手へと渡った場合は……どうなるかお分かりですね?」


 リイゼルが顔をしかめる。私の言葉の意味を反芻はんすうしているのだろう。


「私を脅すか」


「いえ、そのようなことは。ただ、御身を案じたまでのこと」


「分かった。その話……私から女王様へ伝えよう」


「聞き届けて頂きありがとうございます」



 ふぅ。良かった。「主に仕える者を動かすにはその判断の重さを突きつけてやれば良い」ヴィダルが教えてくれたおかげだ。


 ディープドラゴンを引き連れることで「竜をテイムできる」という事実を暗にハーピオンへと伝える。その上でのヒューメニアの魔神竜への動き……その情報を知った女王の決断は容易に想像できる。


 ヴィダルは普段こんなことを考えながら人を動かしているのか。



 すごいな。あの人は……。

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