第66話 王国への罠 ー王女マリアー

 魔王国建国の日からヒューメニアの様相はすっかり変わってしまった。


 お父様達は連日会議詰め。私も何かあった時の為に参加するよう言われた。ずっと入りたかった政治に参加できるから良いのだけど……。


「市民の不満が噴出しております。貧困層の中には魔王国へと向かおうとする者すら現れました」


 役人の報告にトルコラが喚き散らす。


「奴らは何者なのだ!? 突然現れて我らの作り上げた物を冒涜しおって! バイス王国が落とされただと!? そんなことはあってはならぬ!」


「落ち着きなさいトルコラ。そんなことを言ったところで起きた現実は覆すことはできませんわ」


 トルコラが面食らった顔でお父様を見る。


「……くっ!? 陛下! これからどのようにされるおつもりで!?」


「……まずは民達を抑えねばなるまい。警備の兵を増やせ。役人には民の意見を吸い上げるよう指示しなさい」


「た、民に屈するというのですか! 大国ヒューメニアの王が!?」


「トルコラよ。それができなかったからこそバイス王は国を奪われたのでは無いのか?」


「う……」


「今は外敵に備え、内輪の揉め事を抑える時。そうは思わぬか?」


「……そ、そのように致します」


 トルコラが数人の部下を引き連れて会議室を出て行った。


「ふぅ。アレにも困りものだな」


 ため息を吐かれるその顔には疲れが浮かんでいた。


「お父様。お疲れのところ申し訳ございませんが、今後の魔王国への対応はどうされるおつもりですか?」


「あの魔王の口ぶり。一国の主で収まる器では無いだろうな。必ず他国へと攻め入るだろう」


 お父様が手を払うと、他の者が席を外す。それだけで私の意見を聞いて下さるということが分かった。


 全員がいなくなったのを確認し、お父様へと意見を述べる。


「私はハーピオンとの同盟を結ぶべきだと思いますわ。今の2カ国の関係は良好。非公式の軍事同盟ならば結べるかと」


「なるほど……だが、長きにわたる遺恨。そう易々と無くなる物ではないぞ」


「王族が直接交渉せねばならぬでしょうね」


 この状況で動ける者は1人しかいない。お父様には国内を治めて貰わなければならない。弟のアレクはまだ幼すぎる。親類では……難しいだろうな。


「私がハーピオンへと向かいます」


「……我が娘が聡明で良かった。この国のおきてさえ無ければ其方そなたに正式な王位を渡したいほどだ」


「私はアレクセイへの『つなぎ』。そのお心だけで十分ですわ」


「これで後もう少し私の助言を聞いてくれると良いのだが」


 お父様が少年のような笑みを浮かべる。


「もう! 真面目な話をしているのに!」


「はっはっは。いや、期待しているぞ。後はハーピオンへと送り出す理由を考えねばな。王女の出国なのだ。皆の耳に入る。真実を告げる訳にもいかぬしな……」


 お父様が唸っていると、扉を叩く音がした。


「入れ」


 1人の兵士が中へと入る。


「陛下。謁見の願いが出ております」


「おぉ。思ったより早かったな」


「来客? 誰ですの?」


「グレンボロウのアルフレド殿だ。先日より熱心に使い魔を送ってくれておってな」


 アルフレド様が? あの方のお父上はヒューメニア王族と懇意にしていたけれど……なぜこのタイミングで?


「何やら伝えねばならぬことがあるらしい。其方も来るか?」


「はい」



◇◇◇


 応接室に入ると貴族の青年が人の良さそうな笑みを浮かべた。


「そちらの美しい女性は?」


「娘のマリアだ。アルフレド殿と会うのは幼い時以来か」


「姫様でしたか。あまりに美しくなられていたので……失礼致しました。いけませんね。いつまでも子供時代の印象を持っていては」


「久しく会う者には皆そう言われるよ。中々聡明な子なのだが、それがたたったのか相手がおらんのだ」


「お、お父様? 何を……」


 急に縁談の話を出されたので顔が熱くなってしまう。


「いやいやすまん。して、何用で我が国へ来られたのかな?」


「その前にまず謝罪を。申し訳ございません。陛下にこのような形で謁見をお願い致しまして」


「良い。他の者には聞かれたく無いことであったのだろう?」


「実は……先日より我が国の交易ルートにあるナイヤ遺跡にて不可思議な現象が起きておりまして。陛下ならば何かご存知では無いかと」


「ナイヤ遺跡だと? どのような現象なのだ?」


「はい。遺跡の奥より黒い霧が発生し、周辺のモンスターが凶暴化しております」


「黒い霧……か」


 ナイヤ遺跡。我が国の古文書では何かが封印されているという記述があったはずだ。相当古い本だったから詳細までは分からなかったけれど。


「ご存知の通り我が国は貴族と商人の集合体。我が国の部隊だけでは凶暴化したモンスターが彷徨うろつくあの場所の調査は困難を極めます。お力添えを頂ければと」


「ふむ」


「かの交易ルートはヒューメニアへと至る道でもあります。このまま行けば貴国にも損害があるかと思いまして」


 お父様が何かを考えるように髭をさすった。


「お父様。私が部隊を率いて調査を致します。私は回復魔法と浄化魔法が使えますから、戦闘に置いても役に立てるはずです」


「何? 危険が伴うかもしれん。お前に任せる訳には……」


「我が国を脅かす危機を孕んでるかもしれません。民を守る為に王女の命1つ惜しくはありませんわ。それに……もありましょう?」


 ある意味これはハーピオンへおもむくチャンスとも言える。遺跡の調査という大義名分があれば民も文句は言わないだろう。


 お父様が私の瞳を見つめる。



 そしてしばらくの沈黙の後、肩をすくめながら言った。


「……分かった。しかし、深追いはするな。危険と見ればすぐ離れるのだぞ?」


「分かっておりますわ」


「陛下。当然ながら我らも同行致します。何があった時姫様を逃がすことくらいはできましょう」



 アルフレド様は再び微笑みを浮かべた。

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