閑話

第64話 ナルガイン、照れる。

「へい。これなら追加料金を頂ければ1日で修復できますぜ」


 ノームの職人が漆黒の鎧をハンマーで数回叩く。


「分かった。ではこれで頼む。残りは完成後に」


 前金となるゴールドを渡すと、職人はゴーグルを光らせた。


「あい! おまかせ下せぇ!」


 小気味の良い返事でノームの職人は奥へと鎧を運んで行く。



 ……。



 魔王国の建国から数日。国内をデモニカ達へと任せ、俺とナルガインはテレストラへと来ていた。ナルガインの鎧が酷くダメージを負ってしまったので有名な魔法鎧マジック・アーマー技工士の所へ修理に出す為に。


「な、なぁヴィダル? 前のオレの鎧は?」


 後ろで束ねた長い金髪を揺らしながら、ナルガインは落ち着きが無い様子で周囲を伺っていた。


「あれもかなりガタが来ていたからな。修理に出したが修復不可との判断を受けた」


「だ、たからってよ……生身で歩き回るのはちょっと……」


「そう思ってメイドのネリに服を見繕って貰った。これを着ろ」


 皮袋から女性物の服を取り出しナルガインへと渡す。


「な、なんだよぉ! このフリフリの服は!?」


 ナルガインが服を開く。それはスカート仕様のカラフルな服だった。


「知らん。ネリが選んだのだから一般的な女性の服なんじゃないか? 俺にしてみればその体のラインの分かる装備の方がよほど恥ずかしいと思うが?」


「ば、馬鹿っ! これは魔法鎧着る為に仕方なく着てるだけだっての!」


 顔を真っ赤にした彼女がそっぽを向く。


「ヴィダルってたまにヤラしぃ目で見て来るよな!」


 恥ずかしそうにする彼女を見てふと思う。


 そういえば、元の世界にいた時はそれなりに性欲はあったはずだが、ヴィダルになってからはすっかり失われてしまっている。死への恐怖を失ったからだろうか? 生存本能が関わると言うしな……。


「なんだか分かってないみたいだな……ま、まぁいいや。この服着るから笑うなよ……」



◇◇◇


 宿屋で着替えたナルガインが外へと出て来る。


「ど、どうだよ……? 変じゃないか?」


「良く似合っている」


「ホントか!?」


 ナルガインの顔が一気に明るくなる。そして何故か袖を掴んで来た。


「……近いぞ。距離が」


「いいじゃんかよぉ。いっつもオレは遠慮して……」


「ん? 遠慮とはなんだ?」


「な、なんでもない!」


 ナルガインがその瞳を潤ませるのでそのまま目的地へと行くことにした。


「まぁいい。空いた時間でゴーレム兵の製造状況を確認しに行くぞ。バイス王国との戦でそれなりに破壊されたからな」


「ちょ、待てって!」


 ナルガインが慌てて追いかけて来る。


 すっかり武人として覚醒したと思っていたが、普段の……特に鎧が無い状態は今までとさほど変わりがないな。


「そういえばさ、レオリアは?」


「今回はデモニカ様の護衛を頼んでいる。フィオナにはエルフェリアの政務もある。となればデモニカ様をイリアスだけに任せる訳にはいかないからな」


「ふぅん……」


 その後、ナルガインと共にゴーレム兵工場へ赴き、ノーム達と補充の段取りを打ち合わせた。



 ……。



「もう夕方か。なんだかあっという間だったなぁ」


 宿に戻る途中の見晴し台でナルガインが手すりにもたれかかった。


「明日の朝一には鎧を受け取り魔王国へ戻るぞ」


「分かってるよぉ」


 彼女は、その場から動くことなく夕暮れのテレストラを見下ろした。


 夕焼けに赤く染まりながら、各所から工場の煙が上がる。それがなんとも言えない幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「なぁ」


「どうした?」


「ヴィダルはどうしてバイス王国との戦を俺に任せたんだ?」


「お前達が開戦の一撃を与え捕虜を取れば、敵の士気は崩壊する。そうなれば指揮官は前線に出ざるを得なくなって……」


「作戦のことじゃなくてさ」


 手すりにもたれたまま彼女がこちらを見る。


「俺とイリアスは魔王軍の中だと新参だろ? 失敗したら……とか考えてなかったのか?」


「失敗? あり得ないな」


「なんで言い切れるんだよ?」


「俺は豪将ナルガイン・ウェイブスの強さに惚れ込んでいる。お前が戦場に立つ限り俺達に負けはない……そう思えるほどのな」


「お、おぅ……」


「だから失敗するなんて思わなかった。ただ……」


「ん?」


「もし……お前が危機にいるのなら、俺は全力で助けるさ。俺の命に変えても」


 そう。ナルガインは俺達に、いや、この世界に必要な存在だ。その為なら俺はなんだってできる。


「は」


「は?」



「は、はははは、は恥ずかしいこと言うなよなっ!!」


 怒るナルガインの顔は、夕陽の色なのか、恥ずかしがっているのか分からないほど赤くなっていた。


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