第63話 魔王国誕生 ーヒューメニア王女 マリアー

 ——人間の国、ヒューメニア。



「姫様! もう18歳なのですから講義を抜け出そうとしないで下さい! イルムが怒られるのですよ!?」


 絵画講師が席を外した隙に部屋を抜け出そうとしたら、メイドのイルムが扉の前に立ち塞がった。


「いいじゃない。私は政治のことを学びたいの。芸術などに興味はありませんわ」


「し、しかし……芸術的教養は貴族との交際において必要だと王様も以前おっしゃっていたじゃないですか」


「お父様は古いのですよねぇ。貴族との交際に親近感など不要ですわ。彼らへ王族に仕える理由さえ差し上げれば良いのですから」


「王族に仕える理由……?」


「親愛、恐怖、経済優位性……そう言った類いの物ですわ。お父様は親愛を重視しているようですが、経済優位性が最も強力なの。これさえあれば他のことは不要。このマリア・ロザリア・アドラー……王の娘として貴族達など軽く扱ってみせますわ」


「お、おっしゃっていることは分かりますが……不要とは流石に……」


「と、言うことで私は行きますわね〜」


 イルムが頭を抱えている間に彼女の横をすり抜け部屋から飛び出した。


「あ、姫様ぁ〜!」



 ごめんねイルム。今日はどうしても見たいものがあるの。



 王宮を駆け抜け、お父様のいらっしゃる応接の間まで走り抜ける。


 コッソリと窓から中を覗くと、お父様と外務大臣のトルコラが来客の応対をしていた。


 向かいの席には半人半鳥の人種、ハーピーが座っている。下半身とその腕は羽毛に包まれているが、その顔は人間そのもの。それも、恐ろしいほどの美貌を持つ女性だった。その顔と華麗な服装から彼女の羽毛すらドレスの一部のように見えた。


 ……ハーピオンは女性が全ての実権を握っていると聞きましたが本当でしたわね。


 お父様の外交手腕を確かめるチャンスですわ。


 窓を開けて中の会話を聞いてみる。すると、なんだか物騒な話が聞こえて来た。ハーピーの女性が何かを訴えていた。


「我が国では犯罪組織を一掃している最中ですが……今後奴らがキエスの花をヒューメニアへ持ち込む恐れがあります」


 お父様……フリードリヒ王はその蓄えられた髭を撫でた。


「その忠告の為にわざわざハーピオン序列2位に位置するリイゼル・ブライトフェザー殿が来られるとは」


「我が国はヒューメニアとの外交を第一に考えております。その為の誠意と受け取って頂ければ」


 突然、外務大臣のトルコラが声を上げる。


「王様。私は今一信用なりません。麻薬の蔓延など国家運営の失敗……他国へ伝えるなどと……」


 トルコラの意見に思わず頭が痛くなる。


 馬鹿ですの? そんなことを隠蔽した挙句、麻薬の出所を突き止めたのが他国だったりしたのならハーピオンの威厳はそれこそ失われますわ。


 今回の彼女の外交はまさに王道。徳を持って他国を利する。それによって失敗から信頼を勝ち取るのですわ。


 私達の歴史から考えて、彼女達が我が国へと頭を下げるなど……恐らくリイゼル様が相当苦心なされたのね。それほどの誠意を無碍むげに扱うなんて。


「トルコラ。そのように失礼なことを言うでない。リイゼル殿のお気持ちを考えたらどうだ?」


 お父様がトルコラをいさめる。


 良かった。お父様も現実的な観点を見られている。お父様は観念的なものを重視されておりますが、各陣営の現実的メリットは感覚で捉えていらっしゃるのかもしれませんわね。


 私と考えは違っても、長年の経験がそれを補っているということでしょうか。



◇◇◇


 その後、1時間ほどの会談は無事に終了した。ヒューメニアは麻薬取り締まる法案の検討。そして、持ち込まれた際はハーピーオンと情報共有することで合意した。


 お父様達を待っていると、扉が開き中からリイゼル様が出て来た。


「おや。こちらの可愛らしい女性は?」


 リイゼル様が不思議そうにお父様を見る。


「ん? マリアではないか。講義はどうした?」


「ハーピオンの方がいらっしゃるという噂を聞いたものですからご挨拶したくお待ちしておりました」


「お前はまた……」


「良いではありませんか。我が国では強かな女性は好まれます」


「しかしリイゼル殿……」


 リイゼル様がその手を差し出して来る。羽毛に覆われた手は、私のそれよりも一回り以上大きく見えた。


「お初にお目にかかります。マリア・ロザリア・アドラーと申します」


 彼女の手をしっかりと握る。ここで力を弱めてはいけない。自らの意思の強さをさりげなく見せなくては。


「ふふ。真っ直ぐな目をされた方だ……きっと良い王となるだろうな」


 リイゼルさんの言葉に嬉しさが込み上げた瞬間、トルコラが私達の間へ割って入った。


「リイゼル殿。我が国の伝統はご存知のはず。そのようなことを軽々しく口にされるのはやめて頂きたい」


 またか。これだから伝統第一主義者は困る。そもそも私に政治を学ぶように言ったのはお父様です。自分に何かあった時の後継として知るようにと。例え「次までの繋ぎ」の役割だとしても、私には国を守る責務があるのです。そのことを分かっているのかこの男は。


「私は——」



 反論しようとした時、突然が聞こえた。



「な、なんですの!?」


「襲撃か? トルコラ。今すぐ兵を集めよ。リイゼル殿は宮殿奥へ避難を」


「いえ、私は状況を把握したいので」


 リイゼル様は疾風のような速さで宮廷を駆けて行った。


 冷静なお父様とリイゼル様。そんな姿を見ると焦った自分が恥ずかしく思えた。


「庭園から見れそうですわ!」


「待つのだマリア!」


 お父様の制止を振り切って庭園へと走る。



 庭園に辿り着くと、宮殿にいた者達か空を見上げていた。


 彼らの視線を追うと、十数羽の使い魔が空を飛んでいた。使い魔達から光の線が伸びるように繋がっていき、空へ魔法陣を描いた。


「あれは……拡声魔法エコーの魔法陣」


 気がつくとすぐ傍ににリイゼルさんが立っていた。


「ご存知なのですか?」


「拡声魔法はその名の通り、己の声を拡大する魔法。しかしもう一つ。使い魔を媒介とすることで遠方へ声を届けることができるという使い方がある。実際に行われるのは初めてだ」



 使い魔の1羽かこちらを見下ろし、の声を発した。



『我は魔王デモニカ・ヴェスタスローズ。我ら魔王軍の力を持ってバイス王国を我が支配下に置いた』



 バイス王国を……?



「バイス王国は4大国に次ぐ規模の国……こうも容易く落としたと言うのは信用できん」


 焦る私と対照的に、リイゼルさんはあくまで冷静だった。


『王であるルドヴィック・フォン・バイスは己の権力維持に執着し民に圧政を強いた。故に我らは王を打倒し、民を保護することとした。証人として元主席顧問のエルドリッジを保護している。各国へは数日中に彼の署名入り顛末書てんまつしょを届けさせよう』


 周囲にざわめきが起こる。王の打倒……これが王政を敷く我らにとってどれだけの影響を及ぼすのか想像もできない。


「マリア様。ご自身の国のことで思考が埋め尽くされているようですが、我らがすべきことは別にあると思わないか?」


「な、なんでしょう?」


 リイゼル様がその瞳を怪しく光らせる。


「魔王を名乗る者がこのような大規模な宣言を行っているのだ。この後起きることは1つしかない」


「この後起きること……」


「そう。新たな国の……我らにとっての脅威の誕生」


 リイゼル様がそう言った直後、空中の使い魔が国内に響き渡るように声を発した。



『我らはこの世に生まれし新たな共同体。貴殿ら全てを証人とし、今ここにの建国を宣言する』



「ま、魔王国ですって?」



 その宣言は、私の短い人生の中で培われた価値観を破壊した。



 そして……悟った。私達が安穏として生きられる時代は終わりを告げたのだと。




―――――――――――

あとがき。


 ここまで読んで下さいましてありがとうございます。この後、閑話をはさみ、新章へと続きます。


 ついに世界全土へと知らしめられた魔王軍の存在。新たな脅威が現れた時、大国達はどのような行動を取るのか?


 ヴィダルは魔王国を優位に導く為、「ある存在」を利用することを画策します。


 次章もどうぞお楽しみに。


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