第60話 暴君の末路 ーヴィダルー

「よっ!!」


 レオリアの投げたショートソードが魔法士の頭部へと突き刺さる。その瞬間。魔法障壁が破られ、鏡が割れるように緑の光が消え去った。


精神拘束メンタル・バインド


 俺の瞳から鎖が伸び、部屋中の魔法士、兵士達へと繋がれる。その鎖は、王の隣に控える老人にも繋げられた。


「あ、ああああああぁぁぁ……」


 兵士達は呻き声をあげながら地面へと倒れ伏していく。


「何をしているお前達!?」


 あろうことか王は、俺達への敵意ではなく部下達を叱責する。


 ……所詮人間の暴君など、この程度の器だな。


 玉座で守られていた王は、今やたった1人。誰にも守られず、権力も執行できない醜悪な男だけが鎮座していた。


「バイス」


 デモニカがルドヴィックへと語りかける。


「そこは既に我の玉座。貴様などが座って良い物ではない」


「な、何をほざいている!? ここは未来永劫私だけの玉座だ! 誰にも譲らん!」


「1人になった途端に態度を変えるか……まぁ良い。元より貴様は殺すつもりであった。レオリア。神殺しの双剣を我の元へ」


 デモニカが指示を送ると、レオリアが亡骸となったゼフィルスからクラウソラスを拾い上げ、主君へと渡す。


「ではルドヴィック。古来より伝わる方法で決着をつけてやろう」


「な、何をする気だ?」


 デモニカがクラウソラスを放り投げる。


「決闘だ。王の座をかけてな。貴様は神殺しの双剣を使うが良い」


「決闘……だと?」


「まさか怖気付いた訳ではあるまいな?」


「そんな訳が無いだろう! ……やってやる」


 ルドヴィックが玉座を降り、クラウソラスを拾い上げる。そして、その双剣を重ね、1つの剣へと形状を変化させる。


「私にこの剣を渡したこと、後悔させてやる!」


 ルドヴィックが剣を薙ぎ払うと、クラウソラスから巨大な光の刃が放たれた。


「はははははははは! を吸った伝説の剣だ! 私が使っても素晴らしい威力を発揮するぞ!!」


 デモニカがゆっくりとルドヴィックへと歩んでいく。放たれた刃へとその手を伸ばす。



 そして……。



 彼女の右手へと触れた瞬間、《《光の刃は霧のように消え去った》。


「な、なんだと!?」



 デモニカが確認するように手を握り締める。



「やはりその剣が吸ったの力が仇となったな……我には効かぬ」


「う、うおおおおおおおっ!!」


 ルドヴィックがクラウソラスを振るい、無数の刃を放つが、デモニカへと触れた瞬間全てが霧散していく。


 彼女は光の刃をもろともせず、ルドヴィックへと近付いていく。


「な、ならば! 直接剣の錆にしてやる!!」


 ルドヴィックがデモニカへと斬りかかる。



「力量差すら測れぬか」



「死ねぇぇぇ!!」



「哀れな男だ」



 ルドヴィックが剣を振り下ろした次の瞬間——。



 ——デモニカが黒い翼を広げ、勢いのままに奴の



「——え?」


 ルドヴィックは無くなった両腕を見つめ、間の抜けたような顔をする。


「な、なんだこれは……? どうなっている? 私の腕は?」


「我が奪ってやった。想像を絶する痛み。存分に楽しむが良い」


 デモニカか血に染まった翼を閉じる。


 ルドヴィックは地面に転がった己の腕を見つめ、やっと状況を理解したようだ。



「う、腕!? 私の腕があああああぁぁぁ!?」



 地面の腕を拾おうとするが、失った腕では拾い上げることすら叶わない。元に戻すことが無理だと知った男は、痛みに襲われうずくまった。



「あ"うっ……ああぁあ"っああああぁぁ!?」


 デモニカが、今まで聞いたこともないほどの冷酷な声を出す。


「己が王だと確固たる意思があるのならば、闘えるであろう? 例え腕を失ったとしても」


「痛い……痛いいいぃぃぃ……」


「……既に我の言葉すら届かぬか。興醒めだ。ヴィダル。この男に絶望を味合わせて殺せ」


「分かった」


 デモニカは玉座へと進み、ゆっくりと腰を降ろした。


「誰かぁ……回復魔法士の所へ……」


 ルドヴィックがヨロヨロと倒れ伏した兵士達へ近付いていく。


 その光景に侮蔑ぶべつの感情が湧き起こる。


 このような男が王を名乗ること自体が腹立たしい。


バイス王ルドヴィック。自らの業に引導を渡されるがいい」


 兵士達へと与えていた精神拘束を緩め、その意識を目覚めさせた。1だけを除いて。



「あぅ……な、何が起こったんだ?……」



 倒れていた兵士達が少しずつ起き上がる。



「おぉ!? 誰か! 回復魔法士の所へ連れて行け!」


 血が噴き出る両腕を差し出しながらルドヴィックが兵士達へと訴えかける。



 しかし、誰1人、ルドヴィックの言葉に耳を傾ける者はいない。



「ど、どうした!? 早く私を……」


「無駄だ」


 必死に訴えるルドヴィックの言葉を遮る。


「精神拘束によりお前の部下達へ命令を下した。お前に従う者は、もう誰1人としていない」


「な、なんだと……?」


 困惑するルドヴィックを兵士達が取り囲む。


「も、もうアンタに従うのは沢山だ……」

「お前のせいで仲間が犬死にしたんだ!」

「俺達のことを散々馬鹿にしやがって!?」


 兵士達が口汚くルドヴィックを罵倒する。


「な、んだお前達……!? 誰のおかげで今まで生きて来れたと思うんだ!?」


 王の言葉に答えることなく、兵士達が武器を抜く。


「え、エルドリッジ……! お前は……!?」


 助けを求めるように老人を見つめるルドヴィックだったが、エルドリッジと呼ばれた老人は罰が悪そうに目を泳がせた。


「……ました」


「なんだ!? 今なんと言った!?」


「わ、私の孫娘は……貴方に弄ばれ、自ら命を断ちました……」


 暴君の表情が絶望に染まる。


「貴方様を、ずっと憎んでおりました……はい。しかし、恐ろしさのあまり……」


「お、お前……!? そんなこと今まで一度たりとも言ったことは無かったではないか!!」



「皆! その男を殺してくれぇぇ!!」



 エルドリッジの叫びに呼応するかのように兵士達がルドヴィックへ剣を突き刺していく。



「あ"っ!? や、やめろ!! お前達……ぎっ!? や"め"ろおお"おぉぉ!?」



 暴君の声がこだまする。兵士達はその声が消えてなお、剣を突き刺し続けた。

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