第59話 魔王と暴君 ーヴィダルー

 ナルガインが開戦の一撃を放ってから数時間後。


 ——バイス王国。



「や、やめろぉぉぉぉ!?」


 ダロスレヴォルフが兵士の身体を食いちぎる。それに続いてフェンリル族達が縦横無尽に走り回り、残りの兵士達を打ち倒して行く。


 1分も経たずに辺りには血溜まりが出来上がっていた。住民達は逃げ惑い、皆王宮から離れて第一区画の方へと逃げて行く。


「ヴィダル様。逃げて行く者達はどう致しましょう?」


 フェンリル族部隊のリーダー。クシルが駆け寄って来る。


「向かって来る者以外、住民は殺すな。後に響くからな」


「分かりました」


「今より王宮へ突入する。フェンリル族は突入経路の確保を頼む。ダロスレヴォルフを連れて行け」


「はっ」


 指示を出すとクシルは疾風のように駆け出して行く。


「これ以上向かって来るヤツなんているかなぁ?」


 レオリアが笑いを堪えるように言った。彼女自身も全身に返り血を浴びて真っ赤になっていた。


「ヴィダルよ。我らの損害状況は?」


 デモニカがゆっくりと舞い降りる。


「ダロスレヴォルフを含め魔王軍に損害は無い。今より王宮へ突入する」


「そうか。この国の王……その尊顔とやらを拝んでやろうではないか」



◇◇◇


 フェンリル族を先行部隊として王宮へと突入した。彼らの機動力はむしろ屋内戦の方が有効だ。壁も含めありとあらゆる面が彼らの機動力に貢献する。敵の守備部隊はその動きに翻弄されながら数を減らして行った。


「ここからは俺がデモニカ様を導こう」


 過去の知識を活かして王宮の中を迷いなく進む。何度も補修された形跡のある王宮の通路は、俺の記憶と一切の齟齬そごなく玉座の間へと続いていた。


 向かって来る兵士を「精神拘束メンタル・バインド」で無力化していく。暴君による統治。を知っている俺にとって兵士の無力化は難しい問題では無かった。



 そして、玉座の間への扉を開く。



 扉を開くと、玉座に座る王とその脇に控える双剣の男、老人が見えた。そして、部屋を取り囲むように複数の兵士達。


「魔法障壁を展開せよ」


 俺達が部屋へ入ると、老人の指示に合わせて魔法士達が手をかざす。すると、部屋中が薄い緑の光に包まれた。


「なにこれ? ヴィダル知ってる?」


「魔法障壁。発動した自身も含め結界内の全ての魔法発動を封じる術だ」


 部屋の奥へと目を向けると、最奥の玉座に1人の男が座っていた。


「これはこれは……宣戦布告した魔王とやらが私の元まで来られるとは。和平の交渉かな?」


 玉座の男……ルドヴィック・フォン・バイスは俺達を品定めするように俺達を見渡す。



 攻め込まれてのこの態度。何か秘策でもあるのか? 魔法障壁以外にも他に……。



「しかし、魔王と名乗る者が麗しき女性とは。活かして辱めを与えるのも一興かもしれん……ゼフィルス」


 ルドヴィックが手で合図をすると、双剣の男が前に出る。


「魔法が使えないこの中では、戦闘スキルが物を言う。乗り込んだつもりだろうが、貴様達はここで終わりだ」


 男が腰から双剣を抜く。


「この『神殺しの双剣』の力、身をもって味わい死んで行け」


 ゼフィルスという男が持つ双剣。その特徴的な形状……俺の見覚えのある装備だった。


 聖剣クラウ・ソラス。それは古代ドワーフ族が作り出した聖剣シリーズの1つのはず。なぜバイス王国にそれがあるんだ?



「……神殺しの剣か」



 デモニカが憎悪に満ちた眼をしていた。俺達の見たことの無い本物の怒り。それがあの剣と彼女に何か関係があることを告げていた。



「その剣を持つ者、バイスの末裔よ。貴様は……生かしておかん」



 魔王より明確な殺意を向けられた暴君は一瞬だけ怯んだ顔をした。



「何を訳の分からないことを言っている! ゼフィルス!」


「はっ!!」


 ゼフィルスがその双剣を構え、デモニカの元へと飛び込む。



「レオリア。ゼフィルスを殺せ。ヤツは特殊な武器を使う。俺がフォローする」


「特殊な武器ぃ? ふふ。興奮して来たぁ!!」


 ゼフィルスの双剣がデモニカを捉える刹那。レオリアが立ち塞がる。


 交差された剣先をレオリアのショートソードが切り上げ、斬撃を逸らす。そのまま彼女が蹴りを繰り出すとゼフィルスは後方へと吹き飛んだ。 


「何っ!?」


 空中で身を翻し、ゼフィルスが着地する。


「お前の相手は僕だよ。ふふ。最強なんでしょ? ふひひひひひははふふふ。じゃあお前を殺せば僕がこの国最強ってことだねぇふふふ」


 レオリアが笑いをこぼす。


「レオリア。クラウソラスは光の刃という遠距離斬撃のアビリティが付与されている。懐へ飛び込みその優位性を殺せ」


「分かったよっ!!」


 レオリアがゼフィルスへと向け走り出す。


「近づけさせぬ! 双月斬そうげつざん!」


 ゼフィルスが双剣を重ね斬撃を放つ。通常ではあり得ないほどの大きさとなった光の刃がレオリアを襲う。


 この威力……クラウソラスの力か。


 しかし、この技を。サイズは違おうともその対策は同じだ。


「双月斬は触れる直前に斬撃が分離する。ギリギリで交わそうとするな!」


 レオリアが壁を蹴り、大きく上へと飛ぶ。


「多少見識があるようだが無駄だ!!」


 ゼフィルスが双剣を合わせ、1つの剣へと束ねて技(スキル》を放つ。


月影斬げつえいざん!!」


 先程の双月斬をさらに大きくした一撃が放たれた。


「月影斬は追尾能力を持つ技だ。ギリギリまで引き付けて避けろ!」


 レオリアの耳がピクリと動く。空中で斬撃を真っ直ぐ見つめる。そして、体を回転させて斬撃を紙一重で避ける。


「あはははははは!! 甘いんだよぉっ!!」


 レオリアが回転の勢いを利用ショートソードを投擲する。


「……っ!?」


 回転して飛んで来るショートソードにゼフィルスの意識が逸らされた。


 クラウソラスでショートソードを防いだ隙にレオリアがヤツの懐へと飛び込む。


「オラオラぁ懐に飛び込まれちゃったよぉ!!」


 飛び込んだレオリアのショートソードがゼフィルスを狙う。


「剣を自ら捨てるとは馬鹿な奴だっ!!」


 ゼフィルスがクラウソラスを双剣へと戻しレオリアの斬撃を受け止める。


「死ねぇ!!」


 奴が双剣の片割れ、『クラウ』をレオリアへと振り下ろした。


「もっと警戒しなよ」


 彼女を仕留める為に大振りになった一瞬を突き、彼女はその喉元に掌底を叩き込んだ。


「がっ!?」


 予期せぬ攻撃を受けたことでゼフィルスの太刀筋がブレる。放たれた斬撃を避け、彼女はゼフィルスの首筋を掴んだ。


「何のつもりだ貴様!?」


「お前ってあるぅ?」


 馬鹿にするように呟くと、彼女は叫んだ。



 そのスキル名を。



雷鳴斬らいめいざんっ!!」



 直後。



 本来剣が帯びるはずのが、ゼフィルスへと流れ込む。



「がああああ"ああああ"ああああっ!!?」


「あっはははははははははははははははははははははははははははははははっ!」



 ゼフィルスの苦悶の声とレオリアの笑い声が玉座の間にこだまする。



「な……っ!? 何が起こっている!? 魔法は封じているはずだぞ!?」


「ルドヴィック。お前は知らぬようだな。雷鳴斬は生体エネルギーを雷へと変換するスキル。応用次第で体内へ直接電撃を送り込むことも可能だ」


「な、なんだそれは!? 聞いたこともないぞ!」


 辺りに肉の焦げる臭気が漂う。やがて、黒焦げとなったゼフィルスが手放したクラウとソラスが地面へと転がった。


「お上品な動きばっかだから負けたんだよ。いい勉強になったねぇ。あ、もう死んでるから意味ないか。あははははははは!!」



 レオリアの嬌声が玉座の間へと響き渡った。


 

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