第58話 開戦の一撃 ー指揮官ギビングー
——ガレンホルムの丘。
バイス王国陣営。
「ギビング様! 攻撃準備が整いました!」
「よし。これより攻撃を開始する。第1、第2部隊はゴーレム兵とフェンリル族を分断せよ」
「はっ!」
兵士が各部隊へと伝令に行く。見渡す限りの兵士達。その一人一人が攻撃開始の合図を固唾を飲んで待っていた。
「ギビング」
馬に乗った英雄アルトが私の元へとやって来る。
「アルト? 何をやっている。お前が最前線にいないなど……」
「嫌な予感がしてね。ギビングにも伝えた方がいいかと思って」
「嫌な予感? 何だそれは?」
「鳥が一斉に移動している。膨大な力が放出されている証拠だ」
「召喚魔法か?」
「いや、何か違う気がする」
「勘だけでは作戦を変更することはできない。お前は早く前線に戻って指揮を……」
「待て」
言いかけた所でアルトが言葉を遮り、辺りの様子を伺い出した。
「何か変な音がしないか?」
音?
辺りに耳をすます。鳥のいない丘は、兵士達の甲冑の音と馬の呼吸音だけに包まれていた。
「音など何も聞こえないが?」
アルトが辺りを見渡し、何かに気付いたかのように空を見上げた。
「上だ!!」
アルトの視線を追うと、上空高くに黒い何かが見えた。うっすらと紫の光を帯びた黒い塊が。
その物体は放物線を描くようにこちらへと向かって来る。
いや、落下しているようにも見える。何か、鎧のような……人型の……手に持っているのは槍、か?
「ギビング! すぐに前線の者達を後退させろ!!」
アルトが叫んだ直後。
辺り一帯に
「
空から降ってきた黒い鎧が大地へと槍を突き刺す。それと同時にとてつもないエネルギーが巻き起こり、轟音と共に大地に亀裂を巻き起こす。
周囲の馬達が恐れ慄き乗っていた兵士を振り落とし逃げ去っていく。なんとか馬の上にとどまれたのは私とアルトだけだった。
「な、なんだあの鎧は!? あの技は!?」
蜘蛛の巣のように広がった亀裂は大地を引き裂き、地上に轟音と波を起こす。瞬きをする間に、ガレンホルムの丘は地獄のような様相へと書き換えられた。
「ぎ、ギビング様!! 最前線の兵達が多数亀裂に飲み込まれました!!」
兵士の叫び声が聞こえるが、耳に入らない。大地へ着地したその漆黒の鎧に目が離せなくなる。
鎧の戦士がゆっくりと立ち上がる。
そして、我らを見据えると、そのフルヘルムの奥から赤い瞳を光らせた。
「聞け! オレは魔王軍豪将ナルガイン・ウェイブス! 今から数刻のみ降伏を許す! それ以外は誰1人生きて帰さん! 生き残りたい者のみ我が元へ来い!!」
生き残った兵士達にざわめきが起きる。
「う、うおおぉぉぉぉっ!!」
数十人の兵が武器を構まえナルガインという戦士へ向かって行く。
「向かって来るか」
鎧の戦士がその槍を構える。
「
ナルガインが螺旋を描き兵士達に突撃する。螺旋の渦へと巻き込まれた兵士達は、一瞬にして体がバラバラとなり、この世から消え去った。
「……参ったな。あの力にあの技。強化魔法を受けてなくとも格が違いすぎる」
アルトが困ったように頭を掻く。
「お前が言うなんて……そ、それほどか?」
「間違いなく戦った者は死ぬ。俺も例外じゃない」
周囲の者が恐れ慄く。唯一普段と変わらないアルトですら弱気な発言をするとは……私はどうしたらいい?
「降伏する者は誰もいないんだな!?」
「ま、待ってくれ! お、俺は死にたくにない!」
ナルガインが
降伏だと? そんな物が許される訳がない。
「おい!
近くにいた魔法士が
「皆陣形に戻れ! 敵が目の前にいるのだぞ!?」
私の声が響き渡る。しかし、逃げ出した者達は振り返ることなくナルガインの元へと集まってしまった。その数は数十人では効かない。数百人以上の者が奴の周囲に集まった。
「な、何をやっているんだあの馬鹿者共は!?」
「仕方ないさ。俺だって今の立場が無かったら逃げてるだろうからね」
「アルト! お前は寝返ったりしないだろうな!?」
「……俺はこの部隊の士気に関わっている。最後まで戦うさ。殺されるとしても」
ナルガインが槍を薙ぎ払うと、奴らとの間に亀裂が走る。一瞬でも逃走を迷った者は容赦無くその亀裂に飲み込まれた。
「先の一撃を持って我が軍は攻撃を開始する! 次にオレを目にした時は己が死ぬ時だと思え!」
ナルガインが視線を送ると、奴の背中から海竜人の少女が顔を出す。
「にゃっふふふふふ〜大量じゃの〜ナル姉様。皆もっと近うよれ!
海竜人の少女が手を空へとかざすと、広範囲の
「
間の抜けたような少女の声と共に漆黒の鎧の戦士と裏切った仲間達が消える。
奴らが消えた後、再びガレンホルムの丘には静寂が訪れた。しかしそれはもう、先程までの静寂では無かった。
絶望。
我らの力でいかにして奴らを倒せばいいというのか?
我らの士気は、魔王軍によって粉々に打ち砕かれた。
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