第57話 戦の前 ーヴィダルー

 バイス王国への宣戦布告から3日後。



 ——バイス王国近郊。ガレンホルムの丘。



 俺達は戦場となるこの地に陣を構えた。


「ガレンホルムの丘。かつて同じ名の英雄が敵対者を打ち倒した地か」


 デモニカがポツリと呟いた。


 そんなデモニカへと説明するように地図を広げる。


「両陣営共に意味を見出せる地だ。ここに決まるのは必然だろう」


 地図へ両陣営を指す駒を配置していく。


「今回の戦について説明する。全軍の指揮をフィオナ。最前線部隊をナルガインとイリアスに率いて貰う」


「ヴィダル達はどうするのじゃ?」


「デモニカ様と俺、そしてレオリアはバイス王国へ直接侵入し王を叩く。戦を早期に終わらせる為にな」


「デモニカ様が直接? よろしいのですか?」


 フィオナが心配した面持ちでデモニカを見つめる。


「良い。我がヴィダルへ頼んだのだ」


 主人の意見だと知ると、フィオナは地図へと視線を戻した。


「ヴィダル。牽引する部隊は? デモニカ様に万一の事が無い人選なのでしょうね?」


「フェンリル族100名とダロスレヴォルフ1体で攻める。彼らの速度なら迂回もしやすい。戦中ならば動きやすいだろう」


「心配しないでよフィオナ。デモニカ様とヴィダルは僕がちゃんと守からさ」


 軽い口調で言ったレオリアだったが、その瞳は真剣そのものだ。獣のように細くなった瞳孔がフィオナへとその意思の強さを告げていた。


「……いいでしょう。貴方を信じます。もし2人に何かあれば八つ裂きにしてあげますのでそのつもりで」


「そんなことは起きないよ。絶対ね」


 衝突しそうな2人だったが、その間には奇妙な信頼関係があることが見て取れた。


 

「大体分かった。ヴィダル達を乗り込ませる為に戦場のオレ達は相手戦力を引きつける役割もある……ってことだな」


 ナルガインが腕を組む。


「そう。できる限り派手にやってくれ。ただし」


 地図の位置、その最も奥に位置する指揮官の駒を指す。


「フィオナ。妖精の潮流フェアリー・タイドは使うな」


「なぜ?」


「今回の宣戦布告は周辺国へも噂を流してある。各国の諜報組織が動いていると考えられるからな。あの召喚魔法はまだ晒さない方が良いだろう」


「切り札は取っておくもの、ということですか。分かりました。今回は高位召喚魔法までに抑えましょう」


「ありがとう。反面、ナルガインは全力を尽くして欲しい。敵に英雄がいるなら討ち取ってくれ」


 ナルガインは俺の顔を見つめると静かに頷いた。


「今回の戦で豪将ナルガインの名を世に轟かせ、今後の戦を優位に運ぶ」


「ねぇ、なんでナルガインが有名になると有利になるの?」


 レオリアが不思議そうに顔を覗き込んで来た。


「強い武将がいるというのはそれだけで特別な意味を持つ。味方の士気を上げ能力を底上げし、敵の士気を下げるという効果がある」


「なるほど! じゃ、わらわも武勲を上げて有名人になってやるのじゃ!!」


 イリアスが胸を張った。


「いずれな」


 ナルガインがイリアスの頭に手を乗せる。


「イリアスはナルガインヘ強化魔法をかけてくれ。開戦の一撃。そこで最大威力の技を放ち、敵の士気を失わせる」


「う〜今回はナル姉様に花を持たせてやるかの」


 つまらなそうにイリアスは机へ突っ伏する。


「そうでも無い。イリアスにはもう1つ貢献して貰う」


「なんじゃ!?」


 顔を上げたイリアスは目を輝かせた。


「お前には移動魔法ブリンクを習得させただろ? それをナルガインの開戦の一撃とセットで使用する」


「セット?」

「じゃと?」


 ウェイブス姉妹が顔を見合わせる。その2人へと耳打ちした。



 ……。



「確かに。狙い通りいけば敵の前線は崩壊するだろうな。オレ達に任せてくれ」

「のじゃっ!」


 ナルガインとイリアスが大きく頷く。


 この2人が加わった今。俺達の軍はさらなるステージへと上がれるだろう。



「……作戦は決まったな。ヴィダルはフェンリル族精鋭達を集めよ。フィオナ達は各部隊に開戦を伝達」


 デモニカが1人1人の顔をゆっくりと見つめる。イリアス、ナルガイン、フィオナ、レオリア、そして俺を。



「我が血族達よ。貴様達の活躍……期待しているぞ」



 魔王の血族達は、その緋色ひいろの瞳を光らせた。



◇◇◇


 イリアスに素早さ向上魔法、翼流速ウィング・ストリームをかけて貰い、拠点を後にした。


 淡い紫を帯びた狼達が草原を疾風の如く駆け抜ける。


 俺とレオリアはダロスレヴォルフの背に乗り、デモニカは翼を広げ低空飛行していた。


「後数刻で開戦の一撃が放たれる! 戦場から極力遠ざかるぞ! 各人は俺達について来い!」


 フェンリル族に指示を出す。物凄い速度で景色は遠ざかっていき、数分も立たずに戦場は見えなくなった。


「この速度なら迂回しても半日とかからない。俺が最短ルートへ導こう」


「あーあ。移動魔法ブリンクが使えたら楽なのになぁ」


 背中からレオリアの声が聞こえる。


「前にも言ったろ。移動魔法ブリンクは転移先に目印となる地点記録魔法ウェイポイントを打たなければならない。敵陣に飛び込むのは無理だ」


「分かってるよぉ。言っただけだもん!」


「そうか。分かり切ったことを言ってすまない」


「ふふ。そういう優しい所、好きだよ」


 背中にレオリアが頭を擦り付けて来る。彼女の猫耳が首筋をくすぐった。


「でもさ、なんでデモニカ様は僕達について来ることにしたんだろう?」


「理由は聞いていない。しかし、バイス王国は4大国に並ぶ歴史を持つ国。きっと何かあるのだろう」


 頭上を飛ぶデモニカを見る。


 彼女と初めて出会った時。デモニカは「この世に復活せし魔王」と名乗った。復活……これは彼女の過去を知る機会となるかもしれない。


 エリュシア・サーガを知り尽くした俺の知らない存在。俺の知らない魔法。魔王と名乗る彼女。



 彼女が自らの素性を語ることは無い。



 少しでもその存在を知れるのであれば……。

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