第61話 英雄の覚悟 ー指揮官ギビングー
ヴィダル達が玉座の元へと乗り込んでちょうどその頃。
——ガレンホルムの丘。
ナルガインという戦士の一撃により、我らバイス王国軍の士気は完全に打ち砕かれた。残された手段は指揮官である私、ギビングが直接最前線で指揮を取ることのみ。
「第1部隊はフェンリル族を攻撃しろ! 弓兵は援護! 第2部隊は2手に分かれ魔法士部隊はゴーレム兵を!」
状況を確かめようとした手綱を返した瞬間。一体のフェンリル族が私の元へと飛び込んだ。
「死ねぇ!! 指揮官!!」
……くっ!? やはり無謀が過ぎたか!?
死を覚悟した瞬間——。
「
大剣がフェンリル族を真っ二つに切り裂いた。
「大丈夫かギビング?」
「あ、アルトか……助かった……」
「無茶をするね。自ら前線に出るなんて」
「こうしなければ我らの生きる道は無い。我らは国を背負っている。引けば民が死ぬ」
「ははっ! あの王に聞かせてやりたいね!」
「軽口を叩くな。……回復魔法士! アンデッドが来ているぞ!」
丘へと続く森の中から燃え盛るアンデッド達が現れる。回復魔法士達が
まともに戦えているように見えて完全に弄ばれている。ナルガインはまだ戦場に出ていないんだぞ!
自分の頬を叩く。
クソ……っ!? 指揮官が弱気になってどうする!? 死ぬ気で戦えギビング! その後のことなど考えるな!
「ギビング様!」
1人の兵士が駆け寄って来る。
「ナルガインが現れました!」
「来たか……」
先程の屈辱と恐怖が蘇る。しかし、奴に勝たねば……俺達に未来は無い。
「心配するなギビング。奴は俺が討つ。命に変えてもさ」
アルトが爽やかに笑った。
◇◇◇
俺達が到着した頃、ナルガインの現れた場所は酷い有様になっていた。部隊の者は奴の螺旋に絡め取られのだろう。人の形を成していた者は既に無く、大量の血がまるで湖のようになっていた。
俺達に気付いたナルガインがその眼を光らせる。
「指揮官自ら前線に立つか。中々見どころがあるかもな」
「へぇ。じゃあ俺達のこと見逃してくれよ。全員さ」
ナルガインが槍を構える。
「その武器。その鎧……お前が英雄アルトか。お前はダメだ。お前は必ず殺す」
アルトも体勢を低くし、迎え撃つ構えをとった。
「厳しいなぁ〜まぁ。ただで死ぬつもりは無いけどね」
一瞬の静寂の後、2人は同時に
「
「
ナルガインが竜巻のように回転しながらアルトへと向かう。アルトは全身に雷を
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
アルトが地面へと大剣を叩きつける。
大地に送られた雷のエネルギーが行き場を無くし、地面が爆発する。爆風によってナルガインの螺旋が空へと軌道を変えた。
通り過ぎた螺旋へ向けて、アルトが地面を大剣で掬い上げる。
「
巻き上げられた土砂が氷弾となりナルガインを襲う。
「
突如としてナルガインの回転が止まり、空中から大地へとその槍を投擲する。
地面に突き刺さった槍を中心として、土砂が空中へと吹き上がる。それが防御壁のように氷弾からナルガインを守った。
「クソっ! だが、武器を手放したのは失敗だったな!」
アルトが再び空へと向かって技を放つ。
「
大剣へと手を添え、彼は空へと舞い上がる。切り上げられた大剣でナルガインを捉えた瞬間——。
「甘いっ!!」
ナルガインが拳でアルトの斬撃ごと大地へと叩き伏せた。
「がはっ!?」
ナルガインが着地し、武器を地面から引き抜く。
「武器が無ければ無能になるとでも思ったか? 悪いがオレは素手でも戦える」
地面へと叩きつけられたアルトがヨロヨロと立ち上がる。
「アルト!?」
駆け寄ろうとした私へと向かってアルトが手を伸ばす。
「は、はは……ダメじゃないかギビング……ここは俺に任せてくれ」
ナルガインに向かってアルトが叫ぶ。
「おい! ナルガインとか言ったな!?」
「……なんだ英雄。命乞いしても聞き届ける訳にはいかないが?」
「そこのギビングの命は助けてくれないか?」
「……助けることでオレに何の得がある?」
「お前は俺を殺すのが目的みたいだ。俺を殺して名声が欲しいんだろ?」
「……」
「ギビングを助けてくれるなら俺は今から全力でお前に挑む。お前が正面から打ち勝てば話としては十分だろう」
「断ったら?」
「今ここで自分の命を絶つ。そうなれば、お前の欲している名声は二度と手に入らない」
「何を言っている!? やめろアルト!」
「ギビング。お前は俺達の国にとって必要な男だ。俺はそう信じる。例え誰に仕えようとも、お前は全力で民を守ってやってくれ」
アルトは私の静止も聞かずその首に大剣の刃先を当てる。
「どうだ豪将? バイス王国で英雄と呼ばれた男の一生に一度の頼みだ。聞き届けてくれないか?」
「……いいだろう」
ナルガインはそれ以上何も言わず、
「感謝するよ。ナルガイン」
止めたい。アルトの……我が友の最後など目にしたくはない。だが、勝てぬと言いながら強者に挑む男の意志を傷付けることなど……私には、できない。
アルトがゆっくりと大剣を構える。
そして告げる。彼の最後の技を。
「
アルトが猛烈な速度でナルガインの懐へと飛び込む。
一瞬にして間合いを詰めたアルトがその速度を利用して神速の斬撃を放つ。
「食らえええぇぇぇぇぇ!!!」
その剣先がナルガインを捉える。
奴は。
奴は……。
ナルガインは技を受け止めるようにその両腕を開いた。
「何!?」
アルトの斬撃がナルガインを切り裂く。
しかし。
その斬撃は鎧を、深く抉るのみだった。
奴のその身を傷付けることは、叶わなかった。
「龍の名を関する技。見事だった」
「は、はは……全力だったんだけどな」
ナルガインの槍が、アルトの体を貫く。
「ぐはっ……」
「英雄アルト。お前のその覚悟、偉業、名声。オレが頂く」
力尽きるアルトに向かって、ナルガインは最後の言葉を告げた。
「しかし、お前との約束。オレが命に変えても守ってみせよう」
アルトの腕は、力無く項垂れた。
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