第46話 海竜人の国 メリーコーブ
その後、迎えの船へと乗り、依頼主の商人の元へ報告に訪れた。
メリーコーブの街並みは噴水や水路といった水に関するモニュメントが設置された造形をしている。北地区と南地区を繋ぐ橋で分けられ、中央を大きな運河が走っていた。
「あ"ぁ〜歩いてると気分悪くなってくる」
海竜人が行き交う橋で、ナルガインが手すりにもたれ掛かる。
「そんなに? 綺麗な所じゃん」
レオリアは橋の手すりへと飛び乗り、バランスを取っていた。
「この橋を渡ってギルドに向かう度によ、ヒソヒソ話されるんだ。よそ者とか混血とかさ」
ナルガインが通りの方へと目を向ける。その視線に合わせて道行く人々を見てみる。
女性は海洋生物を思わせるヒレのような髪があり、顔は比較的人に近い。しかし、その身体はうっすらと赤みを帯び、滑らかな鱗を持っている。
男性の顔は完全に竜の顔だ。それに加えて2メートル近くの身長。明らかに戦士を思わせる身体付きだ。
確かに、この中に人間の女性が溶け込めるとは考え難いな。
「ナルガイン。お前の気持ちも分からんでも無いが、あまり過去のことを口にするな。お前は今冒険者としてここにいるんだろ?」
「……そうだったな。今はそんなこと、大したことじゃないよな」
そう言うとナルガインは黙り込む。
「依頼主の家は南地区だ」
◇◇◇
依頼主の店は南地区の運河沿いに位置していた。看板には「ブランドール貿易店」の文字。店の中を進み、奥の扉を開けると海竜人の男が植物の種を品定めしていた。服装や装飾品からすぐに店主と分かる。その男は俺達を見ると大きく声を上げた。
「おぉ!! 貴方達冒険者ですな?」
「アンタが依頼主のブランドール?」
レオリアがギルドの依頼書を見せる。
「その通り! 我輩がメリーコーブ1の貿易商! ブランドールですぞ〜」
ブランドールが身を乗り出した。
「迎えの船の者から連絡がありましたぞ! ついに……ついに……ヤツを倒してくれたのですな! し、証拠を……早く……」
ブランドールにディープドラゴンの鱗を渡す。彼は食い入るように鱗を見つめると何度も頷いた。
「ほうほうほう。このツヤ、この輝き。間違い無いですな!」
「依頼は確かにこなしたよ! それじゃあ報酬を——」
「しかし」
レオリアが報酬の話をしようとした所にブランドールが口を挟む。
「この鱗だけでは証拠としてはちぃと弱く無いですかな? これだけで報酬を全額お支払いするというのはちょっとねぇ」
ワザとらしい口調で支払いを渋るブランドール。レオリアは目付きを鋭くし、ショートソードへと手を掛けた。
「あ? おじさん。依頼しておいて疑う訳?」
「いやいやいやいや!! 疑っている訳ではございません! たま〜におる訳ですよ。討伐していないのに金をせびるような輩が」
ブランドールの大声が店内に響く。それに釣られるように店先からざわつく声が聞こえる。
……この男。元から全額など払う気はないということか。俺達も厳密には討伐していないから人の事は言えないがな。
できる限り好青年に見えるよう笑顔を作った。
「ブランドールさん。貴方の言うことも分から無くはありません。ただ、俺達が討伐したのも事実。だからこうしませんか? 俺達は報酬の半分でいいです。その代わり……」
「さ、3分の1!」
コイツ……まだ値切るつもりかよ。守銭奴が。
横目でレオリアを見ると、怒りの余り眉が引き
「ヴィダル。コイツ斬っていい?」
「ヒィィィィ!? ぼ、暴力反対!?」
ブランドールが大袈裟に仰け反ったことで植物の種の入った容器が落ちそうになる。彼はそれを慌てて掴んだ。
「なんだ? そんなに大切な種なのか?」
ナルガインが覗き込もうとすると、ブランドールは容器を庇うように遠ざけた。
「た、ただの臭い消しの花の種ですよ! 散らかると掃除が大変なもので」
「へ〜臭い消しか。店に置いてるか?」
「えぇ! 店員に行って下さればご用意します!」
ナルガインは納得したのかそれ以上は何も言わなかった。
……ふぅん。そういうことか。
ブランドールに顔を寄せて話かける。
「ちょっとよろしいですか?」
「んん? なんですかな?」
耳元へ囁く時に声色を変える。いつものヴィダルとしての声に。
「なぜ嘘をついた?」
「嘘」と言われてブランドールの顔が真っ青になった。
「な、何を言っているので……?」
「その種。一見すると臭い消しに使われるアバタミ草の種に見えるが、本当はキエスの花の種なんだろう? 幻覚作用を出すという」
「何故それを!?」
この反応。知る者が少ないと鷹を括っていたな。
「この国では麻薬の売買が認められているのか? なら、憲兵を呼んでも問題はないだろう?」
「わ、分かりました……全額お支払いするのでそれだけは……」
「いや、金は3分の1でいい」
「え?」
「その代わり、ちょっと俺の質問に答えてくれないか? 誠実に」
「我輩は誠実が売りですからなぁ! 何なりと聞いて下さい!」
先程までの調子の良さで、しかし、その瞳に怯えを含ませてブランドールは言った。
「巫女に会いたい。海竜人の巫女がどこにいるか知っているか?」
「そりゃあもちろん! 教団には私の知り合いがおりましてなぁ! 街外れの神殿におるそうですよ」
「なるほど。そこに行けば会えると?」
「ただですね……お気を付け下さい。ただの神殿では無いのです。地下に空間がありまして、そこで『不死』のガイウスが巫女を守っておるそうなのです」
「不死のガイウス?」
「はい。何でも邪竜イアクの血を飲んだとかで。ヤツは誰にも倒せないと噂になっております」
「……邪竜イアクかぁ」
ナルガインはポツリと呟いた。
「話は分かった。嘘は無いだろうな?」
「は、はい! また何かあれば何なりとお申し付け下さい!!」
◇◇◇
ブランドールの店を出た時、レオリアが尋ねて来た。
「ねぇねぇヴィダル。何で精神支配を使わなかったの?」
「あの店では人の目があった。事を起こす前に騒ぎを起こしたく無い」
「でもさ〜今回は優しかったね。幻覚作用がある花なんてヴィダルは大嫌いだと思ったけど」
「怒っているさ。そんな物を流通させる者にはそれなりの代償を払って貰う」
「何するの?」
「ディープドラゴンを出現させた時、ヤツの店を破壊してやる。神殿までの通り道だからな」
「さっすがヴィダル!」
レオリアは太陽のような笑みを浮かべた。
「それと、巫女の居場所は予想通り。決行は今夜だ」
もう1つデモニカから預かっていた物をナルガインへと渡す。
「なんだこれ? 小瓶?」
ナルガインが小瓶を光に照らす。その中には青白い炎がユラユラと揺れていた。
「デモニカ様の再生の火が入っている。2度目の変異が必要になれば使え。今度こそお前の枷が外れ、その力を解放できるだろう」
「オレの……枷。それって……」
「分からないか? その鎧を着ている理由だ」
ナルガインは何かを考えるように小瓶を見つめた。
「今夜俺達がディープドラゴンを出現させ騒ぎを起こす。ナルガインはその隙にイリアスを」
ナルガインはゆっくりと、だがその決意を確かめるように頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます