第10話 ためらい ーレオリアー

 酒場から家に帰って、明日に備えて寝ることになった。ベッドに横になって天井を見つめていると、ヴィダルの言葉を思い出す。


 ——君の力が必要だ。


 あの日、獣人から助けてくれたヴィダル。今まで僕を助けてくれる人はいなかったから、すごく嬉しかった。


 僕を必要だと言ってくれたヴィダル。出会ってすぐにこんなことを思うなんて、僕はおかしいのかな。でも僕は……。


 ヴィダルに必要とされたい。褒められたい。それに、抱きしめられたい。僕のことを受け入れて欲しい。


 だけど……。


 服をめくって自分の体を見る。胸に付けられた大きな傷。ギルガメスにスキルの練習台にされた時の傷。これだけはどれだけ薬草を塗っても治らなかった。


 これのせいで、僕は誰かに好きだと伝えることもできない。きっと、見られたら嫌われてしまうから。


 ……ギルガメスと戦って、僕は本当に勝てるんだろうか?


 この傷を見ると嫌でも思い出してしまう。幼い時からずっとアイツに負け続けて来たこと。いや、痛め付けられて来たこと。


 ヴィダルの言うことを信じたい。みんなのことを救いたい。でも、ギルガメスのことを思い出すと体が震える。


 怖い。


 ベッドの脇にあるショートソードを掴む。だけど、手が震えて剣を落としてしまう。


 怖いよ。


 自分に自信が持てない。ダロスレヴォルフと戦った時はこんなこと思わなかったのに、なんで僕は……。



◇◇◇


 眠れ無くて家の外に出ると、人影があった。黒いフードを頭に被ったその人は、家の前に立って空を見上げていた。


「眠れ無いのか?」


「……うん」


 ヴィダルが振り返る。夜の闇にその両目が赤く光った。


「ヴィダルはさ、なんで僕のことを助けてくれたの? 怖くなかったの?」


「怖さよりも怒りの方が強かった。あの獣人達が許せなかったから」


「どうして……どうして許せなかったの?」


 ヴィダルは、困ったような顔をしてから呟いた。


「この世界が好きだから」


 それは不思議な答えだった。僕は世界なんて村と近くの森のことしか知らない。でも、ヴィダルはずっと広い世界のことを言っているみたいだった。まるで、世界の全てを知っているかのような……。


「俺の言っていることはおかしいか?」


「ううん。僕は、おかしいとは思わない」


そう言って貰えると嬉しいよ」


 ヴィダルが笑う。それはなんだか無邪気な顔だった。でも、すぐに笑みを消して俯いてしまった。


「どうしたの?」



「……俺は、君に本来の獣人の姿を見た」



「本来の獣人?」


「仲間を想い、己を犠牲にしてまで守りたいと願う純粋な姿。俺は昔……その姿に何度も救われた。俺のいた場所の人間は最低な者ばかりだったから」


 ……ヴィダルが言っていることは難しくて良く分からないけど、ヴィダルも僕と同じように辛い日々を送っていたのかな。だって、悲しそうな顔をしてるから。


「自分語りになってすまんな。だが、君は尊い存在だ。そう思う気持ちは俺の本心だよ。だから、消えるべきはそんな君達を苦しめるグレディウス達だ」


 ヴィダルが背を向ける。


「己の力を信じろ。それができれば君は誰にも負けない」


 嬉しいよ。僕のことを信じてくれて。でも、僕は自分のことを信じられないんだよ。


 僕は、すごい力を持ってるなんてとても思えない。今だってそうだ。みんなの前であんなに偉そうに言い放って……でも、1人になった瞬間怖くて仕方なくなるんだよ。



「ね、ねぇっ!」



 家に戻ろうとしたヴィダルが立ち止まる。弱音を吐きそうになってしまう。


「どうした?」


 ダメだ。こんなこと言ったら、僕を信じてくれたヴィダルをガッカリさせてしまう。


 ヴィダルに嫌われるかもしれない。嫌だ。初めて僕に優しくしてくれたヴィダルに嫌われるなんて。




 でも、でも怖い。明日が怖い。




 僕は……どうしたら……。




 ……。




 そうだ。




 ダロスレヴルフを倒した時、どうすればいいかヴィダルが教えてくれたじゃないか。



 そうすれば、もう何も怖い物は無いって。僕が自信を持てるようになるって。



「ヴィダル」



 ヴィダルの赤い瞳を見つめる。 



「僕をデモニカ・ヴェスタスローズに合わせて欲しいんだ」

 

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