第9話 蜂起への呼びかけ

 擬態魔法ディスガイズを解除し、森の主を倒したレオリアへと手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「うわっ!? ビックリしたぁ……」


 レオリアは驚いてのけ反った。すかさず彼女の腕を掴み、引き寄せる。


「あ、ありがとう……」


 彼女が大袈裟に驚く姿を思い出して、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ひどいよ笑うなんて。僕頑張ったんだから」


「すまない。凄い戦いだったから。今の姿からは想像できないと思ってな」


「あの狼は倒しても倒しても現れるんだ。村に近付かないよう見かけたら倒すようにしているんだけど……」


 レオリアが唇を噛み締める。村を出る前に言われていたな。レオリアは死神だと。組んだ者が帰って来ないと。


「みんな、あの狼を見ると逃げ出したり、不用意な行動を取って殺されてしまうんだ。僕はみんな助けたかったのに、自分が生き残ることに精一杯で……」


「……あの狼はダロスレヴォルフと言うんだ」


「え?」


「出会った者は必ず死ぬと言われるほど危険なモンスターだ。それを相手に何度戦った?」


「……6回。最初2回は、生き残るだけで精一杯だったけど」


 ダロスレヴォルフを4体討伐しただと? 誰にも感謝されずにたった1人で?


 自分自身が虐げられながらも、ずっと村の仲間を守っていたのか。


 彼女がこれまでどのような人生を生きて来たのかを想像して胸が痛んだ。


 俺は……人を殺してもなお、こんな感情を持つとは。


「それだけ戦って生き残っていることがすごいんだよ。それに、レオリアは村を守っている。自分の力を誇っていい」


「ぼ、僕の力を?」


 レオリアは自分の手を見つめ、頬を赤らめた。


「そんなこと言われたの、初めてだよ」


「レオリアは自分の力を押さえ付けられているだけだ。その枷を外せば、きっと今より生きるのが楽になるはずだ」


 レオリアの手を持って立ち上がる。地面にに落ちたショートソードを彼女へ返す。


「レオリア。君に本当のことを話そう」


「本当のこと?」


 目の擬態を解除し、黒い眼球を晒す。


「そ、その目……って……」


 彼女は怯えるように体を震わせた。その手を取って微笑みを浮かべる。


「俺のこと、恐ろしいか?」


 彼女は俺の顔をじっと見つめ、思い出しているようだった。俺との出会い、そして今かけた言葉を。


「う、ううん……見たこと無い目だからビックリしたけど、恐くない」


「俺は、普通の人間では無い。あの村を解放する為にやって来たんだ」


「僕達を助けてくれるの?」


「違う。俺だけでは村は救えない。だから君がギルガメスを倒し、村人全員でこの村を奴らから奪うんだ」


「ギルガメスを倒すって……そんなこと、できるわけが……」


 レオリアは幼い頃からギルガメスに植え付けられている。奴には勝てないと。だが、先程の戦いを見て分かった。彼女はこの世界屈指の実力を持っている。彼女の戦いを見た俺だからこそ言える。この世界の情報を把握している俺だからこそ、彼女の力を認めることができる。


「レオリアなら、できる。君の枷さえ外せば、ギルガメスには絶対に負けはしない。君がギルガメスを殺すんだ。自分自信の運命を変える為に」


 レオリアの瞳を真っ直ぐに見つめ、彼女の緊張と不安を感じ取りながら語りかけた。



「君の力が必要だ」



 必要だと言われた少女は、獣の耳をピクリと動かし、眼を大きく見開いた。その全てが物語る。俺の言葉は彼女が長年望んでいた物であったと。それはきっと、俺だから分かる。


 から。


「レオリア。君にかけられた枷、その外し方を伝えよう」



◇◇◇


 ——その夜。


 夜間警備に当たっていた兵士達を精神支配し、村人達を村の酒場へと集めた。


 村人達は自分達の身に何が起きるのかを恐れるようにその目を彷徨さまよわせる。男女合わせて60人ほど。流石に全員は無理だったが、今はこれで十分だ。彼らにを植え付けられれば、それでいい。


 レオリアの手を引いてテーブルの上へと登る。


「何をやっているレオリア……っ!? 兵士がいるんだぞ!?」


 村人の中から壮年の男性が声を上げた。


「大丈夫だよカイルおじさん。この人の話を聞いて」


 カイルと呼ばれた獣人が混乱した顔をする。それに合わせるように自分の眼、姿の擬態を解除した。


 酒場の窓に自分の姿が映る。漆黒の軽装備に頭部のフード、そして、黒い眼球に緋色の瞳が光る男の姿が。


 俺の異質な眼を見た村人達から小さな悲鳴が上がる。


「村人達よ。俺はヴィダル。ヴィダル・インシティウス。我が主デモニカの命によりこの村をに来た」


 「解放」という言葉を聞き、村人達の中でざわめきが起きた。


「周囲にいる兵達は俺が操っている。自らの言葉を恐れる必要は無い」


「ヴィダルと言ったな。解放……とはどういうことだ?」


 周囲を見ると、他の村人達は静まり返っている。このカイルという男、被支配者層のリーダーか。


 カイルの目を見据え、彼へと語りかける。



「村人全員で反乱を起こす」



 ざわめきの声が一層大きくなった。相手の言葉を待たず、次の声を発した。


「カイル。今の貴方の苦しみはなんだ?」


「……子供達を取り上げられること、だ……」


「なぜ子供達を取り上げられるか分かるか? 貴方は何をして子供達を取り上げられた?」


「……税を、払えなかったから」


「そう。他の者も聞いて欲しい。君達に課せられている税は、払える限界値にされている。そして払えない者から子供達を奪われる。この村はそうされている」


 カイルも、他の者達も皆一様に悲痛な顔をする。彼らは分かっているんだ。今の現状のことなど。


「このまま進んだ先、君達の未来はどうなる? 残った子供達の未来はどうなる? 答えてくれカイル」


「……搾取され続ける」


「その通りだ。だからこそ今ここで自分達の手で現状を変えるんだ。俺と、我が主君デモニカにはそれを支えるだけの力がある」


「それはそうだが……しかし……」


 抵抗はできない……か。当然だろうな。こうなるよう「彼女」の境遇が定められていたのだから。


「皆が不安に思うのも無理は無い。ギルガメス達が恐ろしいのだろう。だから俺が、いや、が約束しよう」


 隣のレオリアを見る。彼女は俺の目を見つめて頷いた。そんな彼女の手をしっかりと握りしめる。彼女の不安を拭い去るように。


「明日、レオリアがギルガメスへと一騎打ちを挑む」


「そ、そんなこと……失敗したら父のようになるぞ!」


「カイルおじさん。僕は、絶対勝ってみせる」


「しかし……っ!」


「俺は知っている。彼女は英雄とも言えるほどの力を持っている。だから、必ず勝てる」


 全員に届けるように声を張る。


「皆はその結末を見届けてくれ! そして、彼女がギルガメスを倒すことができれば……立ち上がってくれ!」


 酒場の中が声で満たされる。不安を上げる者。勇気付けられる者。恐れ慄く者。皆それぞれの意思を持ち、明日へと想いを馳せる。


 そんな彼らを見ながら、もう一度レオリアの手を強く握る。握った彼女の指はひどく震えていた。


「僕……やるよ。ヴィダルの言葉……信じたいから」


 彼女は不安の混じった笑顔を向けた。その姿に胸が引き裂かれそうになる。俺が彼女を利用しているから。


 そして、このだろう。



 だが、これでいい。俺の目的を達成する為には、これで。



「信じてるよレオリア」



 彼女に微笑みながら想う。


 レオリア。


 不安だろう? 恐ろしいだろう? 自分を信じられないのだろう?


 それをを、俺は伝えたな?


 今は気丈に振る舞っているが、村人達がいなくなった後、その重積と死の恐怖に悶え苦しむだろう。


 そうなった時。お前が取る行動は1つだけだ。



 これでもう、レオリアは逃げられない。

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