第8話 レオリアの実力

 次の日。


 レオリアが朝からモンスター討伐に行くと言うので、ついて行くことにした。彼女には散々制止されたが、30分近くの問答の末「彼女の指示に従う」ことを条件に了承を得た。


 村の入り口までやって来ると、数人の狩人装備の獣人が兵士から指示を受けていた。皆同様に暗い顔をしており、中には子供が泣きながら引き止めている者もいた。


「これは……中々に胸を抉られる光景だな」


「ギルガメスが気に食わない人を討伐に向かわせるんだ。中には子供を差し出すのを拒否して代わりに討伐に行く人もいる」


「この中のどれくらいが帰って来れるんだ?」


「運だよ。向かった場所に弱いモンスターがいることを願うしかない」


 レオリアはそう言うと、肩掛けカバンの紐を握りしめた。


「ヴィダルさんよ。こんな所で何してんだ?」


 兵士達の中から一際体のデカい獣人が俺へと向かって歩いて来る。


「ギ、ギルガメス……」


 レオリアが、突然体を震わせた。ヤツを恐れているのか、明らかに先程までとは様子が違う。


「いや、モンスター討伐に興味がありましてね。レオリアさんに話を聞いていたのです」


「……へぇ。それはそれは」


 突然。ギルガメスが俺の胸倉を掴んで来た。


「親父に取り入ったつもりだろうが俺は騙されねぇぞ」


 暴力にしか興味が無い者だと思っていたが、勘は鋭いようだな。曲がりなりにも村の統制を守っているだけはあるか。


「何を言ってるのですか? 私には分かりませんね」


「……まぁいい。その女には気を付けな。組ませると絶対相方が消える死神女だからよ」


「変なことい、言わないで……」


「あぁ? 事実だろうが!」


 ギルガメスが凄むと彼女の震えが一段と強くなる。そのまま奴はレオリアの髪を掴むと顔を覗き込んだ。


「反逆者の娘がよぉ。目かけてやってんだからちったぁ役に立ちやがれクソが。この場でぶっ殺してやりてぇぜ」


 ひとしきり喚き散らすと、ヤツは満足したのか去っていった。


「大丈夫か?」


「ご、ごめん。ちょっと、か、体が震えて……」


「ギルガメスとはどういう関係なんだ?」


「子供の頃からアイツに訓練を、受けてるの」


 訓練? 反逆者の娘を?


「訓練とはどんな内容なんだ?」


「子供の頃から月に1度、アイツと戦わされる。……勝てないけど」


 ギルガメスは「父親に言われて」レオリアを生かしている。それも、月に1度敢えて痛め付けるような真似を。


 なるほどな。


 反逆者の娘である彼女見せしめにすることで、村人の恐怖心を忘れないようにしている。これはグレディウスの案だな。形としては一応、恐怖支配になっているか。


 このモンスター討伐はレオリアを処分したいギルガメスが、父親の命に背かぬよう考えた方法という訳か。父親の意図も分かっていないようだ。


 しかし、この支配体制は2人の思惑の影響で歪みが生じているようだ。モンスター討伐から毎回帰還するレオリア。それも誰かと組むと片方が死ぬと。そして、精神支配の効かない娘……か。



◇◇◇


 村の外に出て、レオリアと共に向かった東の森は高レベルモンスターの巣窟だった。幸い俺は肉体的にも強化されていたのでこの程度ならば問題無い。しかしこれは彼女の言う「運が悪い」ということだろうか?


 モンスターを倒しながら森の中を進んで行くと、レオリアが急に立ち止まる。レオリアが指す方向を見ると、動物の死骸が転がっていた。それも、比較的新しい物が。


「気を付けて。またが来てる」


「奴?」


「狼種のモンスターだよ。凶暴で体がとにかく大きいの」


 狼種で体が大きい?


 狼種のモンスターは群れる代わりに体格が小さいのが特徴だ。体が大きいなんて……いや、いるにはいるが……。


 その個体へと思考が追い付く前に、特徴的な雄叫びが聞こえた。声自体は狼の遠吠えのよう。しかし、その中にハウリングのような不快な響きの混ざったの声。


「この音の向きだと……こっちだ! ヴィダルはここから動かないで!」


 レオリアが森の奥へと向かって走り出す。


 レオリアとの約束は「彼女に従う」だったが……ここは実力を見定めさせて貰おう。


 擬態ディスガイズの魔法をかけ風景へと溶け込む。そして引き剥がされ無いように追いかけた。


 レオリアが木々の間を縫うように走る。迷いの無いその姿はこの森を知り尽くしているようだ。



「やっぱり」



 しばらく走った所で彼女が立ち止まる。



  その視線のその先に、俺の予想通りの存在がいた。


 灰色の毛皮に3つの青い瞳。そして何よりも、5メートルを超えるその体格。出会えば即、死を意味する最悪の森の主。別名死の狼。


 ダロスレヴォルフ。


 その爪は出会った者を細切れにし、その牙に噛まれた者は一撃で真っ二つにされる。それに加えてフロストブレスをも使う凶悪さ。レベルは70を超えていたはずだ。この森にいるとは。


 擬態で木々に溶け込んだまま、適当な木の枝へと飛び移り、レオリアの戦いへと集中する。


「うおおおぉぉぉ!!」


 レオリアが、2本のショートソードを引き抜き狼へと斬りかかる。ダロスレヴォルフがフロストブレスを吐くたび、木々を蹴って軌道を変え距離を詰める。


 狼が振り下ろした爪先のギリギリで交わし、すれ違い様にその前脚を切断した。


 脚を失った狼が怒り狂い、辺り一面にフロストブレスを噴出する。狼と獣人の少女を取り囲む景色は、あっという間に極寒の様相となってしまった。


 レオリアが巻き込まれたと心配したが、彼女は木を盾にしてブレス攻撃を回避していた。



 おかしい。戦い方が慣れ過ぎている。



 待て。考えろ。レオリアは「また奴が来ている」と言った。



 まさかあの娘は……ボスレベルの狼を何度も……。



 俺が思考を巡らせている間に狼と獣人の少女との戦いは決着を迎えようとしていた。


 フロストブレスの隙を突いてレオリアが空中へと飛び上がる。



 狼が空中の獲物追ってその牙を向けた。



 このままでは彼女がその牙の餌食になる。そう思った瞬間——。



雷鳴斬らいめいざんっ!!」



 彼女がスキルを発動した。その両手の刃が電撃を帯びる。剣技の中でも高位に位置する必殺の一撃。


 ダロスレヴォルフが剣の眩い光に目を背けた隙を突いて、レオリアは狼の両目へと刃を深く突き刺した。


 狼の悲痛な雄叫びが辺りに響く。その声は徐々に力を無くし、やがて力無く地面へと崩れていった。



「はぁ……はぁ……良かった、倒せたぁ」



 レオリアは力を使い切ったようにその場へとへたり込んだ。



 卓越した戦闘スキル。反逆者の娘。そして、ギルガメスというかせ……完璧だ。彼女がこの村の行く末を決める。



 そして何より。



 その強さ、自己犠牲の精神。俺に足りない戦闘能力を補うには絶対に彼女は必要だ。



 その全て、俺の物にしたい。

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