第11話 闇に堕ちし者 レオリア・リベルタス

 明け方が近付いた頃、俺の考え通りレオリアが俺の所へやって来た。


 そして、デモニカ・ヴェスタスローズに合わせて欲しいと頼まれた。


 レオリアの顔からは疲労の色が濃く浮かび上がっており、その精神が疲弊し切っているのが見て取れた。


 レオリアの手を取り、心の中でデモニカへと声をかけると、彼女の移動魔法ブリンクが発動する。すると、一瞬にして俺達の見ている風景が変化した。


「移動魔法……?」


 レオリアが周囲を見渡す。そこは俺が生まれ変わった古代の遺跡。魔王の空間。そしてその最奥。石造りの玉座には、美しき支配者が鎮座していた。


「あ、貴方が魔王……デモニカ……」


 怯えたレオリアが、デモニカへと向き直る。そんな彼女を見定めるように魔王はその緋色の瞳を光らせた。


「ヴィダル。この者を呼んだ意図を述べよ」


 言葉遣いを気にしないとデモニカは言うが、ここには第三者のレオリアがいる。我が主君であるデモニカの威厳いげんを損なうようなことはしてはいけない。したくない。


 玉座へ座る王へと向け、片膝をつく。


「この者の名はレオリア。我がまなこを持ってその力を見定めました。彼女の持つかせ。それを外す為デモニカ様の寵愛ちょうあいをこの者に」


「……レオリア」


「は、はいっ」


 レオリアは、鋭い視線を送られたことでその体をこわばらせる。


「貴様に問う。今からその身に起こること……知らぬ訳ではあるまいな?」


「はい。ヴィダルから聞きました」


「では、さらに問おう。なぜ貴様はこの儀を願い出た?」


「ぼ、僕は……みんなを助ける為に……」


 デモニカがため息をつく。そして、冷たい瞳をレオリアへと向けた。


「我が問いたいのは上澄うわずみでは無い。その身の内ある弱さ、みにくさ、願い。全てさらけ出して見せよ。我は貴様の全てが知りたい」


 レオリアが顔を伏せる。なんと言っていいのか迷っているのだろうか。


 魔王の間に沈黙が訪れる。古代の遺跡とその主は、彼女の答えを静かに待ち続けた。


「ぼ、僕は……初めて褒められたんだ」


 しばらくの迷いの後、彼女はポツリと話し始める。


「僕は、僕を褒めてくれる人といたい。その人の役に立ちたい! その為にはギルガメスを倒さなくちゃいけないんだ!! でも、怖くて……体が言うことを聞かなくなるから……だから!!」


 彼女は瞳を潤ませながら、しかし、確固たる意思を持った瞳を魔王へと向けた。


「だからデモニカ様! 僕の枷を外して下さい! 僕を、ヴィダルの役に立てる存在にして下さい!!」


 彼女の言葉を聞いた魔王は満足気な笑みを浮かべた。


「良かろう。ヴィダルにはこれを」


 デモニカが人差し指に青い火を灯す。そして指を俺へと向けると、火はゆっくりと俺の元へと飛んで来た。両手でその火を包むように受け取ると、熱によって皮膚に焼け付く痛みが走った。


「ヴィダル。貴様が義を行え。己が受けたあの苦しみ。その娘に味合わせるのだ」


「俺が……レオリアを……」


「貴様が見初めし者。その娘は貴様の手足となることを望んでいる。ならば、貴様が行うべきであろう?」


「……分かりました」


「我は義の行方を見届けることにしよう」


 魔王の言葉と共に、レオリアへと火を見せる。皮膚を伝う熱、痛みがあの時の苦しみを思い出させる。俺が今の姿になった時の。


「レオリア。この火が君の全てを焼き尽くす。激しい痛みと苦しみを伴うだろう。だが、君だけに苦しい思いをさせはしない。俺もその全てを受け止めよう」


「ヴィダル、が受け止めてくれるの? 僕を……」


「あぁ。決して離しはしない」


「……嬉しいよ」


 レオリアがゆっくりとその瞳を閉じた。



 彼女を抱きしめるように火を灯す。



 その直後からレオリアの悲鳴が、苦痛に歪む声が、助けを求める声が上がる。反射的に逃げようとする体をさらに抱きしめる。彼女の感じる熱、痛み、その全てを俺も受け入れながら。


 彼女の体が焼け焦げて、消し炭のようになると、再びその体は元の体へと再生していく。


 彼女の体が再生する度、何度も火を灯す。俺も彼女と同じだけ再生と苦しみを繰り返し、彼女の持つ「枷」を探す。彼女の心の内へと入っていく。


 精神と肉体の狭間で彼女の受けた仕打ち、屈辱、その全てを垣間見た。そして最後に辿り着く。彼女を縛っていた枷。「ためらい」という感情に。


 それへと火を灯し、彼女の中から「ためらい」を奪い去った。



 レオリア。



 俺が欲しいと願い。逃げ道を奪い、今その力を利用しようとしている娘。



 純粋な君をこの世から消してしまう。全ては俺のエゴのせいだ。



 だが、誓おう。



 君が俺を見捨てるまで、俺は君のことを決して見捨てないと。



 そして、最後の火が消えていく。



 彼女の体が再生し、美しい肢体を取り戻していく。



「ヴィダル……」



 彼女がゆっくりと口を開く。



「ヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダル! 好き好き好き好き好きふふふふふはふはふふはふふふふっ!!」


 レオリアが俺に抱きついて来る。それは俺が知っている彼女であって、知らないレオリア。


 「ためらい」が失われ、抑圧されていた力、本能、思考、全てが解放された姿だった。


「ふふふふふふはははは。すごい。すごいよヴィダル。自分の力がハッキリ分かる。僕はこんな力を持っていたんだ!」


 彼女が立ち上がり、両手をあげて高らかに笑う。まっさらな体。しなやかな筋肉。みどりのショートカットに猫科の耳に尻尾。そして、俺と全く同じ眼。黒い眼球に緋色の瞳。デモニカの力を受けた者の証。


 すぐに彼女に相応しい装備が施される。漆黒の革鎧に、黒いマント。オブシディアンで作られた黒く美しいショートソードが2本。


 装備は全てSクラス級のレアリティだった。ショートソードは軽く振るえば敵の四肢を跳ね飛ばし、巨大な岩石すらも切断する切れ味を持つ。鎧は回避と速度を極限まで引き出すアビリティが付与されている。それが、あの戦闘技術を持つレオリアへと渡ったのだ。


 その立つ姿はまさに暗黒の剣士。彼女は今、この世界のどのレベルに位置するのだろうか。それほどの力。そして、それを手に入れた喜びを噛み締めた。


 デモニカが彼女へと手を伸ばす。それはレオリアの顔を愛おしそうに撫でているように見えた。


「貴様もこれで我が血族。そして、ヴィダルの側近」


 レオリアは誇らしげな顔でデモニカを見つめる。



「本日、今この時を持って貴様はレオリア・リベルタスを名乗るが良い。貴様の名は『自由』。何者も貴様を縛ることはできぬ」



「はいっ!」



「レオリア・リベルタスよ。己が力を持って、その過去と決別せよ」



 命令を受けたレオリアは、凶暴さを秘めた笑みを浮かべた。



 ……。



 デモニカ。レオリア。カイルと村人達。



 これで、全ての準備は整った。



 明日、ルノア村は俺達の物となる。



 そしてこれが、この世界で行われる最初の征服行為となるだろう。

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