第12話 一騎打ち ーレオリアー

 翌日。僕達は村の中央広場へとやって来た。ヤツとの一騎打ちの為に。


 ヴィダルが兵士の1人を操り、ギルガメスの元へと走らせた。アイツのことだから伝えに行った兵士を殴り飛ばしてるかもしれないなぁ。ふふっ。笑える。


「レオリア」


 ヴィダルがその冷静な瞳を僕に向けた。


「ギルガメスと戦う時は英雄のように戦え」


「英雄?」


「この一騎打ちは村の人々を立ち上がらせることが目的だからだ。彼らに恐怖を抱かれては困るからな」


「分かったよ」


「ギルガメスを倒したら屋敷へ来い。俺は先に乗り込んでいる」


「ヴィダルに見てて欲しかったなぁ。僕の戦い」


 ヴィダルが僕の肩に両手を置き、労わるように笑みを浮かべる。そして、僕の眼へと手を当て擬態ディスガイズの魔法をかけてくれる。ヴィダルの鎧に反射した自分が写った。そこに映った眼は、前の僕と同じだ。


「すまないな。だが、お前は俺の側近だ。信頼しているぞ」


「信頼?」


「あぁ。信じているよレオリア」


 ヴィダルがそう言って頭を撫でてくれる。


 あぁ……ヴィダル。


 ヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダルヴィダル……ふふ。


 僕の大切な人。絶対期待に応えるよ。



◇◇◇


 ヴィダルが姿を消してしばらくすると、村のみんなが集まって来た。カイルおじさん達だけじゃない。昨日酒場にいなかった人達まで遠くから僕のことを見ていた。


 そして、顔を真っ赤にしたギルガメスもやって来る。大きな剣を肩に担いで、金のかかった鎧をジャラジャラ鳴らしながら。


「レオリアぁ。どういうつもりだ? にはちったぁ早くねぇか?」



 ギルガメスの顔を見る。ヤツは、今まで以上に怒った顔をしていた。きっと僕に一騎打ちを申し込まれたことがヤツのプライドを傷付けたんだろう。


 深呼吸して、一度だけ心の中に思いを吐き出す。



 9歳の時。泣いて逃げようとした僕を、お前は笑いながら殴ったな。何度も何度も。


 10歳の時。僕をナイフで……お前はどれだけ泣き叫んでも止めなかった。


 11歳の時、お前は僕をスキルの練習台にした。その時の傷のせいで、僕は誰かを好きになることも出来なくなった。


 12歳の時、13歳の時、14歳15歳16歳の時!!!! お前は何をした何をした何をした何をした!? 僕は忘れない忘れない忘れない忘れない忘れない忘れない!!!



 ……ふぅ。



 あは。



「あははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 見上げると真っ青な空が広がってる。こんなに、こんなに空って綺麗だったんだ。僕はずっと下を向いて、そんなことにも気付けなかったよ。


「な、なんだお前……? おかしくなったのかよ……」


 ギルガメスが気味の悪い物を見るような表情を浮かべていた。


「いや、自分の想いと決別したんだ。ふふ」


 笑いを堪える。ダメだ。コイツを殺せると思うと笑いが。ちゃんと戦わないと。


 顔を叩いて真剣な顔を作る。そして、ヤツを睨み付けた。


「あぁ?」


「本気で来い。油断した瞬間殺してやる」


「テメェ何言って——」


 ——腰の2本の剣を抜く。ヤツの元へと一気に飛び込み、すれ違い様にその獣耳……獣人の証を削ぎ落とした。


「ああああああああぁぁぁぁ!! み、耳がぁ、あぁああああ痛ってえぇぇ!」


 痛みに慣れてない大男が地面をのたうち回る。その姿に哀れみすら感じた。


「油断するなって言ったろマヌケ。ふふ。今のは僕の優しさ。つぎ同じことしたら首飛ばすよ」



「ギルガメスが倒れてるぞ……」

「レオリアがやったのか?」

「や、やってくれるかも」



 村のみんなからざわめきが起きる。「勝てるかもしれない」という声が伝わって来る。


「クソがあぁぁぁぁぁ!!!」


 怒りに支配されたギルガメスが大剣を振りかぶって襲いかかって来る。それを片方の剣でいなして飛び上がる。そのままヤツの顔面に全力の膝蹴りを入れる。


「が……っ!?」


 体を翻し着地し、再びヤツの懐へと飛び込む。


 ガムシャラに放たれた大剣の一撃を身を捩って避け、2本のショートソードから連続で斬撃を繰り出していく。慌てたギルガメスは無理やり剣を引き寄せて攻撃を受け止めた。


「あははははははは!! 死ぬよほら! 速く止めないと!!」


「ぐっ……!!」


 懐に飛び込まれた時点で大剣は全く意味を成さなくなる。ギルガメスは剣を盾のように使うことに精一杯になってる。その隙を突いてその足を払う。


「がぁっ!?」


 倒れ込んだヤツから飛び退き、挑発するように両手を広げた。


「あははははは! すごいでしょ? 僕、お前よりずっとずっとずーっと強かったんだ。スキル放ってみなよ? 1番強いヤツ。ほらほら! 僕がそれを超えてあげるから!」


 ギルガメスは悔しそうに地面を拳で何度も叩く。そして、に向かって叫んだ。


「テメェら!! 見てる奴らを取り押さえろ!!」


 広場に集まっていた村のみんなを兵士達が取り囲む。


「はぁ? どういうつもり?」


「俺の技見たいんだろ? 避けたら村のヤツを殺す。打ち消しても殺す。受け止めても殺す。喰らって死ね」


「……最悪。お前何やってるか分かってるの? もう武人ですらないよそれ」


「うるせぇ!! もうプライドもクソもねぇんだよこっちはよ!!」


 興醒めだ。負けると分かっていても全力で来いよ。お前ができるのは弱い者イジメだけなのか? 僕はこんなヤツを怖がっていたのか?


 その時。


 遠くから、声が聞こえた。


「レオリア!! 俺達のことは気にするな! すごいよお前は! やっちまえそんなヤツ!!」


 カイルおじさんが叫んでる。他のみんなも、村のみんなが兵士達に抵抗してる。みんな、怖いのに戦ってる。あんなに怯えていたのに。


 全然違う。ギルガメスと。



 それに……思い出す。誰も助けてくれない訳じゃ無かった。僕が小さい時、助けようと抵抗してくれて、その度に締め付けが強くなって……みんな、戦ってくれていたんだ。ずっと。


「……ありがとう」


 ギルガメスがスキル発動の構えを取る。剣を腰に据える。その体格、筋力で大剣による高速斬撃を放つ「無音斬り」の構え。ギルガメスが絶対の自信を持つ技。


 ショートソード1本に持ち替え、居合の構えを取る。


「ふざけてんのかレオリアぁ!!」


「初めての屈辱、死を持って味合わせてあげるよ」


 ギルガメスの踏み込みと合わせてヤツの元へと飛ぶ。



「無音斬り!!」



 大剣の刃が真っ直ぐ向かって来る。その剣撃をギリギリまで引き付ける。



 まだだ。



 まだ。



 目を開け。死を恐れるな。



「貰ったぁぁあああああ!!」


 ギルガメスが勝利を確信した刹那——。



 紙一重で剣先を避ける。


 大剣の先が頬を掠める。


 切られた髪が宙を舞う。



「な……んだと……っ!?」


 ギルガメスの顔に絶望が浮かぶ。ずっと見たかった顔。何年も何年も願ってやまなかった顔。



「あははははははははは!! 死ねぇええギルガメス!!」



 その首元をショートソードで一閃する。



「っ……!?」



 ギルガメスの首は、大きく目を見開いたまま空中を舞った。

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