第23話 悪魔の囁き

 深夜。


 事を起こす前に、フィオナの家へと再びおもむいた。警備兵を精神支配しドアをノックすると、手動の覗き窓が開く。フィオナは俺を確認するとすぐに扉を開けてくれた。


「ヴィダルさん? どうしたのですかこんな夜更けに?」


 彼女が家へと招き入れてくれる。


「君に伝えたいことがあって来た」


 夜更けに男が訪ねて来たにも関わらず、彼女は俺を信頼するような瞳で見つめた。


「評議会の決定を聞いた。近々アルダーが君の元へやって来る。君から妖精の潮流フェアリー・タイドを引き継ぐ為に」


「引き継ぐ……?」


「評議会は君からその魔法を奪う事を決定した。軍事利用する為にな」


「軍事利用!? あ、アルダー先生は、そんなことをしません。するはずが、無い」



 彼女が狼狽うろたえたように目を伏せる。


「信じたくないならそれでもいい。だが、もしアルダーが『妖精の潮流』を渡して欲しいと言いに来たら、その意図はよく確かめた方がいい。本当に君の事を想ってくれているなら、真実を話してくれるはずだ」


 彼女は何かを思い返すように視線を彷徨さまよわせた。明らかに疑念を抱いた姿。きっと何か思い当たる節があるのだろう。


 これでいい。後は宝玉を……。


 懐からアイテムを取り出そうとした時。彼女の悲しそうな顔を見てしまった。


 一瞬迷いが生じてしまう。彼女と話をして「楽しかった」と感じてしまった自分が顔を出す。


「す、すまん。もう帰るよ。夜遅くにすまなかった」


 それだけ言い残して扉に手をかける。



 俺は何をやっているんだ? 自分の任務を思い出せ。フィオナをこちら側へ引き込むのも俺の仕事だろ。



 だが……。



 もし、このまま彼女が何も言わなければ、このまま去ろう。この国は俺とレオリアだけでなんとかしよう。これ以上誰かを引き込むのは……。



 ゆっくりと扉を開く。無意識のうちに彼女が俺を引き止めないことを祈った。



「ヴィダルさん」




 フィオナの声に手を止める。




「なぜ、そんなことを伝えに来てくれたのですか?」


「……君の力をこのままにしておくのは悲しかったから」


「悲しい? 私が?」


「あぁ。君は……もっと認められるべき存在だと、俺は思う」


 2つの想いが胸に広がる。フィオナを巻き込みたく無いという人としての俺の想い。それと、彼女のその才能が欲しいというヴィダルとしての想い。


 俺は、フィオナの瞳を真っ直ぐに見つめる。そして、俺の中に残る甘い言い訳も拭い去った。



 ゆっくりと息を吸い、そして……。



 彼女へと悪魔のささやきを告げた。



「これから、もし君が耐え難い苦しみに囚われ、そこから抜け出したいと願うなら……彼女の名を呼ぶといい」


「彼女?」


「デモニカ・ヴェスタスローズ。彼女は魔王。この世のことわり超越ちょうえつした存在。きっと君のことを苦しみから救ってくれる」


 彼女の手に赤い宝玉を握らせる。


移動魔法ブリンクが込められた宝玉だ。その名を告げれば、彼女の元へと導いてくれる」


「デモニカ……」


「彼女の力があれば、君は自分を変えることができる。そして、君の力で全ての不条理を破壊し尽くすことができるだろう」


「私を……変える? そんなことを私は……」


 彼女の瞳をもう一度見据えた。彼女の青い瞳。俺の為に魔法を作ってくれたことを思い出す。


「不要なら頼らなくていい。ただそれだけ、覚えておいてくれ」


 そう告げて、フィオナの家を後にした。



◇◇◇


 月明かりの中を真っ直ぐ歩く。自分の中から何かを捨て去るように。


 宿へと戻る階段までやって来ると、レオリアが俺のことを待っていた。彼女の黒い眼を見た瞬間。今までの俺の行いを突き付けられた気がした。


「もう終わった?」


「終わった。後はフィオナが選ぶだろう」


「僕以外の女のことを気にかけるのは気に入らないなぁ」


 レオリアが後ろを付いて来る。


「デモニカ様はどうなんだ?」


「デモニカ様は別。だって僕もヴィダルもデモニカ様の物でしょ?」


「そうだな。だが、その例外を除けば」


 振り返ってレオリアの瞳を見つめた。


「俺が1番大切なのは部下のレオリアだよ」


 レオリアが耳を動かし、腕にしがみ付いて来る。


 そうだ。他の者の事など気にするな。俺は、デモニカの元へと集った仲間のことだけ想えばいい。


 フィオナは必ずだろう。エルフと言えど、人はそれほど強く無い。耐え難い苦しみに襲われた時、必ず何かにすがりたくなるものだから。



「それで? 何をやったらいいの?」


「明日。エルフェリア評議会のする。邪魔をする者。助けに来た者は全員殺せ」


「りょうか〜い」


 感傷に浸るな。自分の役割に集中しろ。



 俺の目的を思い出せ。デモニカに必要とされた時の喜びを思い出せ。



 俺は魔王軍知将ヴィダル・インシティウス。



 大国エルフェリアよ。評議会の老エルフ共よ。



 仮初の平和は今日で終わりだ。

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