第19話 エルフの天才召喚士、フィオナ

 酒場を出た後、フィオナの家はすぐに見つかった。魔法学院の近く。さらに兵士に警備されている家となれば他には無い。


 幸い警備は1人での交代制だった。精神支配魔法を持つ俺達にはもはやただの目印だな。


「お前は誰も見ていない。誰も通していない。いいな?」


「はい」


 精神支配をかけられた兵士がドアから一歩前に進む。


「便利ぃ〜。僕も使いたいな」


「レオリアの方がすごい能力を持っているだろ」


「えへへ」


 照れ笑いをするレオリアの頭を撫でる。手に当たる猫耳が小刻み動き、それだけで彼女が喜んでいるのが分かった。


「俺がフィオナに合っている間、周囲を警戒してくれ」


「まかせといてよ」


 レオリアが離れて行くのを確認してからエルフ文字が描かれた扉をゆっくりと開ける。


 中を覗くと、壁に貼られた黒板がエルフ文字で書かれた公式で埋め尽くされていた。そして、奥の部屋では長い銀髪の女性が独り言を呟きながら黒板に向かっているのが見える。


「ここが……いや、この場合元素精霊の干渉も考慮に入れて……」


「貴方がフィオナか?」


「だ、誰!?」


 女性が驚いて振り返る。


 エルフらしい尖った耳に青い瞳。銀髪のロングヘアーに端正な顔立ち。淡い緑のロングスリーブチュニックを着ており、その下にはレギンス。首には金のチョーカー。


 それはまさに俺が思い描いた通りのエルフの姿だった。


「不法侵入だな。すまない」


「私は名前を聞いているだけですが?」


 女性は不思議そうな顔をした。知らない男が部屋に入って来ているというのにやわらかい雰囲気。ある意味只者ただものでは無いな。


「俺はヴィダル。フィオナに会いに来たんだ」


「はい。何のようでしょうか?」


 女性が何のためらいもなく答える。


 やはりというかなんというか、俺もこの女性がフィオナだと確信していたが……。


「評議会に軟禁されているんだろ? 召喚魔法を作った影響だと聞いているが」


「詳しいですね。妖精の潮流フェアリータイドのことを知っているなんて」


妖精の潮流フェアリータイドだと!?」


「え、えぇ……」


 妖精の潮流はエリュシア・サーガにおける上位魔法のさらに上、3つある召喚魔法の1つだ。小さな妖精を呼び出す呪文だが、1度の召喚で呼び出せる数は数百体。他の召喚魔法はせいぜい1、2体なのにも関わらず、だ。それだけでこの魔法の特異性が浮き彫りになる。


「まさか使える者がいるとは……」


 あれは、魔法関連のクエストを全てクリアしないと習得できない物だぞ。


 それに、恐ろしいほどまでの威力がある。


 俺の反応を見てフィオナは嬉しそうな顔をした。


「お詳しいのですね。少し見せて差し上げましょうか?」


「お、おい! こんな所で使うのか!?」


「大丈夫」


 フィオナが空中に文字を描いていく。その動きだけで通常の召喚魔法と違いが分かる。そして、青い文字を書き終えると彼女は魔法名を告げた。


妖精の潮流フェアリータイド


 その声に合わせて100ほどのフェアリーが現れる。


 現れたフェアリー達は散らばった部屋を綺麗に配置し直し、フィオナの元へとやって来る。彼女は、テーブルにあった林檎りんごを手に取り、フェアリー達へと差し出した。


「ありがとう」


 フェアリー達は小さな口で林檎に齧り付くと、1匹、また1匹と消えていった。


「少し、いや、かなり加減しました。この部屋だと全力には狭過ぎますから」


「加減して100体? とてつもない力だな」


 フィオナは上品に笑うと、急に子供っぽく目を輝かせた。


「これをですね。数が多いことを利用して生活補助に使うのです! 複数の召喚者から魔力を集めて個体数を調整すれば、消滅しないフェアリーを呼び出すことができるの。そうすれば人々がフェアリーを使役して個人で可能なことが飛躍的に増えます。そうする為に」


「待て! 一度に与える情報が多すぎるぞ!」


 話を止められたフィオナは肩を落とした。



◇◇◇


 それから俺達は召喚魔法について話し合った。俺のはあくまでゲーム知識だが、それでもフィオナが話してくれる魔法の話には懐かさが込み上げ、その内容に興味は尽きなかった。


「やはり。貴方は知識豊富なのですね。話していて全く飽きません。世界の全てを知っているよう」


 彼女が目を輝かせる。俺の話で喜んでくれるのは少し嬉しい。


「いや、分からないことばかりだよ」


 デモニカの素性とかな。


 その後もさらに話を続ける。フィオナが無邪気な子供のように様々な質問をして来てはそれに答え、俺も質問を返す。正直俺は楽しかった。初めて間近で触れたエルフェリアの地。それに魔法の知識を持った女。このまま延々と話ができそうだ。


 だが、そろそろ本題に入らないとな。


「フィオナは今の魔法の状況についてどう思う? 一般の者は使用できないと聞いたが」


 彼女がこの国についてどう考えているのかを知りたい。力に関しては充分過ぎるほど素晴らしい才能を持っている。後は、彼女がこの国の鍵となれるだけの意思を持っているかどうか……見極めたい。


「私は、もっと魔法を身近にしたいです。今のような完全な管理処置ではなく、もっと自由に新しいことをできる。そうなればいいのですが」 


 フィオナが寂しそうに笑う。その望みが叶う可能性は低い。それが分かっているようだな。


 召喚魔法の自由化。それは俺の望む理想郷。「エリュシア・サーガ」の世界にも通じる。この女は……俺の同志となってくれるかもしれない。


 しかし、ここは敢えて環境を変える別の方法も提案してみるか。


「フィオナが国を出て研究を続けるというのはどうだ? それならエルフだけでなく、様々な種族の幸せに貢献できると思うのだが」


「ダメです」


 彼女がうつむく。


「私は、この国を出るのを禁じられています。評議会にも、先生にもそう命ぜられています」


 ……国益となる人材は飼っておきたいということか。それに先生と言った。ということは彼女の師匠に当たる人物も評議会側の人間ということになる。


「その代わりに研究の自由を与えられているということだな」


「そうです。だから私は……」


「勿体無いな」


「え?」


「その理念、才能。全てが君を優秀だと告げている。それを押さえ付けておくのは勿体無い」


「あ、ありがとうございます」


 彼女が照れ臭そうに笑う。


「君は友人はいるのか?」


「どうなんでしょう? 助手を務めてくれるリオンや他のも慕ってはくれていますが。友人に当たるのでしょうか?」


 他の……若年層の支持もあるようだ。彼女の才能に惹かれたのか。


「君を慕ってくれる者の中に過激なことを言う者はいるか?」


「……います。評議会への反発を示す者も。いさめてはおりますが」



 酒場のリオンの話といい、見えて来たな。



 この国は二極化された民がギリギリのバランスを保っている。



 それならば、そのバランスをやればいい。



 その時、扉が開き、レオリアが顔を覗かせた。


「ヴィダル。交代の兵が向かってる」


 ……今日の所はここまでか。


「また来ていいかな?」


「ええ。お話できて楽しかったです」


「このことは誰にも……」


「言う訳無いじゃないですか」


 フィオナが笑い出す。そんな彼女へと見送られ、家を後にした。

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