第20話 訪問者 ーフィオナー

 今朝は早くからアルダー先生が家にやって来た。


「すまないフィオナ。妖精の潮流フェアリー・タイドの処遇はまだ決まっていないのだ。家から出してやれず、申し訳無い」


 アルダー先生がいつもの笑顔を曇らせる。私の為に奔走ほんそうして貰って申し訳無いな。


「私は大丈夫です。むしろすみません……私の為に」


「いや、今回の召喚魔法はかなりの力を秘めているからね。評議会もこんなに早く完成するとは思わなかったようだ」


「評議会の方々は危険性ばかりに目を向けていますけれど、訳に立つ使用方法を思い付きまして」


 完成してからずっと考えていた使用方法。ヴィダルさんに説明したことを言おうとすると、一瞬先生が笑顔のまま固まった気がした。


「どうしました?」


「いや、この魔法のことをこれ以上考えるのはやめなさい。これは再現してはいけなかったものだったのだ。君は新たな召喚魔法の研究に入りなさい」


「ですが。元々あの召喚魔法の再現を依頼したのは評議会側ですよ? 他の研究と並行して10年以上費やしたのですし、試しもせず諦めるのはどうかと」


「……君の気持ちも分かる。だが、評議会の連中は頭の固い連中ばかりなのだ。説得できなかったとしても許してくれ」


 最悪の場合、この魔法は日の目を見ずに手放してしまうのか……。悲しいけれど、そうなれば受け入れるしか無いな。


 先生は古代文字の書かれた書物を2冊テーブルに置いてから立ち上がった。


「すまないが、次はこれを頼めるかな?」


 本を手に取りページをめくる。いつ見ても思うけど、相当な年月が経っている本だな。これでもう何冊目だろうか? 先生に言われてここに書かれた魔法を再現するのは。


 書かれた魔法式を見ると所々読めない古代語が記されている。でも、読めない部分をどの元素で補うかが頭に浮かぶ。自分の頭の中で試してみたいことが湧いて来る。


「これならいけると思います」


「助手の手配もしておこう。今回もいた方が良いだろう?」


「そうですね。人手は多い方が良いですから」


 助手のリオン達は過激なことを言うから怖いのだけど……でも、根は良い子達ばかりだから、悪く言うのもいけないな。


「フィオナ、くれぐれも……」


「分かっています。結論が出るまでしっかり管理致します」


 昨日ヴィダルさんに見せてしまったけど。


 あんなに驚かれて、あの魔法を作ったのがすごいと言われたのは初めてだった。いつも完成すると先生は褒めてくれるし、リオンたちも驚いてくれるけど……それとは違う反応。


 それはまるでだった。


「君は賢い子だ。信じているよ。それに……」


 先生が微笑みを浮かべる。


「君のおかげでこの国の者は救われている。私も鼻が高いよ」


「ありがとうございます。がんばります」


 先生はゆっくり頷くと扉から出ていった。


 みんなが私の召喚魔法で助かってる……か。



 ふふ。



 がんばろう。



◇◇◇


 書物に書かれた魔法式について思い浮かんだアイデアを黒板に描いていく。


 水の精霊元素を繋ぎにしてエネルギーを発生させて……いや、敢えて土の精霊という手もありそう。土の精霊は重力に直結しているし。


 魔法式の繋ぎについて考えていると、扉からリオンが顔を覗かせた。


「フィオナさん。もう次の魔法開発に入るんですか?」


 もう話が言ったの? 先生も気が早いな。


「アルダー先生に頼まれまして」


 リオンに魔法の詳細と用意して欲しい物を伝える。恐らく今回の魔法は海流を操作するもの。実験用にはそれなりの量の水がいる。中級以上の水の精霊を呼べる召喚士を数人連れて来て欲しい所だ。


 彼は話が終わっても何かを言おうとしているようだった。


「どうしました?」


「フィオナさん。やっぱり僕らの」


 ……またか。若年じゃくねんエルフ達の権利を主張する団体の話。もうどれくらいになる? リオンがその組織を作ってから半年以上は経つはず。


「それは断ったはずです」


「ですが! フィオナさんはこのままでいいんですか? それほど才能があるのに先生の言いなりなんて。もっと自分の力を正当に評価されたく無いんですか?」


 アルダー先生は私の召喚魔法を見初めてくれた恩人。裏切れるはずが無い。それはリオンだって分かってるのに。


「私は人々の幸せの為に魔法を作っています」


「俺だって考えてますよみんなのこと。きっとフィオナさんが入ってくれれば評議会だって話を聞かざるを得なくなる。フィオナさんだって今よりずっと……」


「私は今の研究環境で満足していますから」


「そういう話じゃないです。フィオナさんいつも評議会に魔法を渡す時に悲しそうな顔をするじゃ無いですか。俺にはそれが……だから……」


 リオンが悲痛な顔をする。


 確かに私にとって長い時間をかけて作った魔法は我が子同然だ。それを人に渡すのは心が引き裂かれるほど辛い。だけど、それが人の為になる。人を笑顔にしていると先生は言っている。だから、私は納得しているのに。


「とにかく私は、貴方達の組織に入るつもりはありません」


「……分かりました」


「貴方のことを先生に黙っている私の気持ちも考えて下さい。優秀なのですから、もっと自分のことを優先して」


 リオンの話を聞くと怖いと思う瞬間もある。リオンは違うのかもしれないけれど、中にはより過激なことを行う者もいるかもしれない。


「えっと、また来ます」


「……分かりました。今週中には基礎を仕上げておきますから、また来週お願いします」


 リオンはそれ以上何も言わずに出て行った。


 ……前はあんな風じゃなかったのに。


 余計な考えを振り払いたくて黒板に向かう。でも、頭の中には色々な声が渦巻いて集中できない。結局、それに負けて手を止めてしまった。


 いつの間にか、周りから色々なことを求められてる気がする。もっと昔みたいに好きに研究して、作って、みんなを驚かせたいのに。


 昨日は楽しかったな。ヴィダルさんは色々知ってる人だったし。何も考えずにお話するなんて本当に久しぶりだった。



 あーあ。もっとお話したかったなぁ。




 その時、ノックの音が響いた。


 

 リオンが何か忘れたのだろうか?



 いくら待っていても何故か誰も入って来ない。



 不思議に思い、覗き窓から外を見てみると、そこにはヴィダルさんが立っていた。

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