第3話 精神支配
「ヴィダル。この世界の住人ではない貴様には我が力の一端、精神支配と
「不満か? しかし、この世界での使い方……今の貴様なら分かるであろう? 我には分かる。貴様ならば有効に扱えると」
デモニカの言葉と共に、脳裏に魔法の使い方が浮かび上がる。詠唱は必要無い。魔法名を告げれば、それに応じた魔法を発動できるのか。実際に生きる者へと使えば、恐ろしい力を発揮するだろうな。
だが、精神支配は相手と視線を交わす必要がある。ゲームのようにレベルが判別出来ないこの異世界では、俺自身が相手の精神の力を見極めなければならない。
反面、擬態は使い勝手が良さそうだ。変装、誤認、擬似消失と様々な使い方が頭に浮かぶ。
「我の精神を支配してみるか?」
デモニカが妖艶な笑みを浮かべて俺のことを見据える。
「さすればこの身は貴様の思うままだが?」
言葉とは裏腹にその瞳。威圧感に冷たい汗が伝う。自分が支配されないことに揺るぎない確信を持つ瞳。デモニカは絶対たる王と名乗ったがその通りだと思い知らされる。俺は死への恐怖が無くなってなお、この女に恐怖を感じ、目を背けてしまった。
「それで良い。我が愛しのヴィダルよ。貴様は力量差が分からぬほど愚かでは無い」
デモニカの指が俺の頬を伝い顎を持ち上げる。再び俺を見つめる瞳はまるで聖母のように慈しみを感じさせ、心の内に愛しさすら込み上げた。
「その力、試す我を許しておくれ。そして我は信じている。貴様のその力、必ずや我の行く末を導くことになると」
そう言うと、デモニカが指を鳴らす。
音と共に、一瞬にして目の前に草原が広がった。
「この場で行われることを貴様の力で暴いてみせよ」
彼女はそれだけを言い残し、木影に溶け込むように消え去った。
行われる……って、何かあるのか?
その時、遠くから馬車が向かって来る音がした。
茂みに身を隠し、過ぎゆく馬車を見守る。馬車を運転していたのは老いた獣人の男だった。
獣人が岩場の裏へと馬車を止める。
おかしい。野営するにしてもまだ日が高い。誰かを待っているようだ。
擬態の魔法を使って自身の黒い眼球を普通の人間のそれへと変える。そして、岩場にいる商人へと話しかけた。
「こんな所で何をしている?」
獣人はこちらを見ると、腰のダガーへと手を伸ばし、ポツリと呟く。
「……月を見るのは?」
月? 隠語か……裏取引でも行われるようだな。小賢しい合言葉など使いやがって。この返答次第で取引相手を見極めるのだろうな。
精神支配……試してみるか。この程度の相手であれば問題無くかかるだろう。
獣人の顔を掴んで俺の顔へと引き寄せる。
「俺の目を見ろ」
「な、何をするっ!?」
「
魔法名を告げると両目に力が宿り、獣人に精神支配の魔法がかかる。目を見開いた獣人の瞳が、支配下に置かれたことを示す赤色に輝いた。
「荷台を見せろ」
命令を出すと獣人が空な表情で馬車を降り、その荷台にかけられた布を開く。
獣人の裏取引など一体何を……。
布を掴み中を覗くと、その中にいたのは、獣人の子供だった。1人や2人ではない。眠らされた子供が敷き詰められるように荷台に収められていた。
それを目にした瞬間、我が身を焦がされるほどの怒りが巻き起こる。
また、俺の世界が
俺の知っている獣人種は誇り高く何よりも仲間を大切にする種だった。なぜ糞のような人間性を持っている? 俺が知っている人間の歴史、その中でも限りなく愚劣な行為をなぜ平然と行っているのだ。
「貴様……これは何のつもりだ?」
「事情など知らん。ただお偉方に頼まれて運んでおっただけだ。金が良かったから」
精神支配された者は嘘は吐けない。本当に何も知らなかったのか。
「お前はどこから来た?」
「ルノア村」
ルノア村。エルフの国エルフェリアと同盟関係にある獣人の村か。
「取引相手は?」
「分からない」
当然か。なら先程の合言葉を利用させて貰おう。
「月を見るのは? これに続く合言葉はなんだ?」
「鷹の目」
鷹の目。そこから考えられる可能性で最も高いのは人間種の国「ヒューメニア」だな……。
エリュシア・サーガの世界には種族により4つの大国がある。そして、その周辺に他種族の小国や村が点在している。
大樹をシンボルにするエルフの国「エルフェリア」
ハープをシンボルに持つハーピーの国「ハーピオン」
三叉の槍をシンボルに持つ海竜人の国「メリーコーブ」
そして人間の国。鷹をシンボルに持つ「ヒューメニア」
……しかし、これ以上はこの商人から情報を得るのは難しいか。
「最後に1つ。お前は荷台の中を知っていたのか?」
「知っていた」
「……そうか」
支配を解除すると同時に商人のダガーを引き抜く。粗雑に扱われた刀身は世界の歪みを象徴しているようだった。
「え? あ、ワシは何を……」
「用は済んだ」
そのままダガーを商人の首元へと当てがい、掻き切った。商人は目を見開いたまま首を押さえて跪く。
「は……お、お"ぉ……」
俺の脚にしがみつき、助けを求めるように俺の顔を見る。
「怨むなら疑問を持たなかった己を怨め」
商人は苦悶の表情を浮かべ地面へと倒れ込む。そして、数度のたうつと動かなくなった。
この手で人を殺したというのに、何も感じない。後悔も、感傷も、喜びも。
胸にあるのは悲しみ。世界を
次に胸から湧き出たのは猛烈な怒り。
ここで取引が行われる予定だったと言う事は、もうすぐ買い手がやって来るはずだ。
……殺してやる。
例えどんな者であろうとも。
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