第2話 魔王 デモニカ・ヴェスタスローズ

 熱い。熱い。熱い。感覚が無くなっていく。自分から出たとは思えない甲高い声だけが辺りに響き渡り、それも喉が焼ける感覚と共に消えていく。


 再び上げた叫び声は声にならず、熱と痛みと救いの懇願だけが頭を駆け回り耐えきれず意識を失う。


 意識を取り戻すと痛みが全身を駆け回る。もがき苦しむ俺を、柔らかな女の体が包み込むように抱きしめる。しかし、癒しどころか全身にさらなる火傷の痛みが伝わっていく。


「肉体の再構成は問題無い。しかし、本来の力が発揮できるようには身体の強化が必要か。もう一度だ」


 女に抱きしめられたまま再び全身が燃やされる。逃れ難い熱の苦しみの中、声を上げようとするが声は出ない。苦しみから解放されたい一心で女の顔を見た。


 女のとその中心に光る緋色ひいろの瞳が俺を見つめる。


「己が死を受け入れよ。苦しみを受け入れよ。新たな命が生まれる喜びを知れ。恐れることはない。我は貴様の主にして母たる存在。もう一度だ」


 再び炎に包まれる。無限に続く灼熱の中、その女だけが俺を抱きしめる。抱きしめられる度に想像を絶する痛みに支配される。


 そして、何度目の炎かすら分からなくなった頃、女の優しげな声が聞こえた。


「もうすぐだ。貴様は生まれ変わる。新たな存在となる。しかしそれは貴様の本来の姿。誇るべき自身の力。これが最後の炎だ。この炎で貴様を人たらしめていた最後の鍵を開けよ」


 再び炎に包まれる。青い炎。全身を焼き尽くし、灰にしてしまう恐るべき炎。しかし、最後の炎だけは、暖かく、慈愛に満ちたものに感じた。先ほどまで感じていた『』は灰となって、胸の内から消え去った。



 気がつくと、体の自由が戻っていた。



 炎の中から自らの足で大地に立ち上がる。



 炎が消える。あれほど焦げ付いていた体が綺麗な皮膚を取り戻していた。


「貴様は生まれ変わった。今の気分はどうだ?」


 気分? 今はただ苦しみが消えたことに安心感を感じるだけだ。しかしなぜだろう? 先ほどまでとは何かが違う。俺の中でかかっていたタガのような物が外れた気がする。思考を邪魔していたモヤが晴れ、研ぎ澄まされているのが分かる。


 辺りを見回すと、そこはあの森の中ではなく、古代の遺跡のような場所だった。石造りの玉座の上にあの女が座っている。片足を組み、肘を付いて、品定めするように俺のことをゆっくりと見回す。


「これが貴様の新たな姿」


 女が手を振ると目の前に鏡が現れる。そこには俺の知らない男が立っていた。黒髪こそは俺と同じだが、白い肌に筋肉質な体、彫りの深い顔付き。それにあの女と同じ緋色ひいろの瞳。


「貴様に相応しい装備を手向たむけてやろう」


 女が指を鳴らすと、黒い軽量の鎧に身を包まれ、フードが頭にフワリとかかった。鏡の向こうではフードの暗がりから赤い瞳が怪しく光る。


「俺は……どうなったんだ?」


「貴様は我が運命の糸に導かれ、なる世界より来訪せし者。そして、我が力により新たに生まれし者」


 女が満足気に笑みを浮かべる。その瞳はウットリと見惚れているようでありながら、絶対的な強者を思わせるものだった。


「今この時を持って貴様はヴィダル・インシティウスを名乗るが良い。その名は『再生』を冠する。そして、貴様は我に『知識』を見出されし最初の幹部」


 幹部? ここには俺とこの女の2人しかいない。しかし、その出立ち、振る舞い、姿、感じる力……その女から放たれる全てから、彼女が「ある存在」だと理解させられた。



「我は貴様の主。魔王デモニカ・ヴェスタスローズである」



 魔王デモニカは揺るぎない自信を込めた笑みを浮かべ、俺の瞳を見つめた。



「我はこの世界に復活せし絶対の王。全ての存在は我が元へと集う為にある」


 精神を操られた感覚は無い。しかし、デモニカを見た瞬間……理解した。俺はこの女と出会う為に生まれて来たと。


「貴様の心を見れば分かる。この世界に失望したのだろう? 申してみよ」


 先程までの感覚が蘇る。理想郷へと辿り着いた喜び。そして、そこで目にした許し難い行い。


「俺は……この世界が理想郷だと思った。だけど違うのかもしれない。こんなにも素晴らしい世界なのに、ここにはふさわしく無い存在がいる。そう感じる」


 ここは、俺が愛するエリュシア・サーガの世界と同じだ。ゲームとはいえ、俺が救い、俺もまた汚い現実から救われた美しい世界。


 だがあの獣人達からは……俺が生きていた世界の、糞みたいな人間に近いものを感じた。そうであるなら、許せない。俺の愛する世界を汚す者は……何者であっても。


「だから、俺はこの世界を本来の姿に戻さなければいけないと思う。正しい姿に」


 俺の答えを聞いたデモニカは、再び俺の瞳を覗き込んだ。まるで心の内を全て曝け出しているような感覚。しかし、その魔王の顔を見るたび、俺の心は高鳴った。自分自身が彼女から愛されているような、肯定されているようにさえ思える。


「いいだろう。貴様の願い、我が覇道の中で叶えてみせよ。『魔王軍知将』ヴィダル・インシティウスよ」



 デモニカ・ヴェスタスローズはニヤリと笑った。



「貴様は、我の物だ」

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