Ⅴ 老人

 頬をつうと伝った魔女の涙が、老王のしわくちゃな手に落ちた。寝台に横たわる彼の傍で、魔女は椅子に座って泣いていた。


 朦朧とする意識の中、老王は彼女の頬に触れて涙を拭ってやる。病と老いに犯された腕は枯れ木のように頼りなく、酷く震えていた。

 それにそっと添えられた手肌は、相も変わらず瑞々しい。


 わらってくれないと、あんしんしてねむれないじゃないか。


 いつの間に、これほどの年月の差が開いたのだろうか。彼女との幸せな日々に溺れていて、気づかなかった。

 否、気づきつつも目を逸らし続けていた。


 だって、最愛をおいていかなければならない現実を直視したくなかった。


 ——僕は必ずあなたをおいていく。それでも、残酷なことを言わせてくれ——なんて、自分から愛を求めておきながら、覚悟ができていない愚か者だった。


 ごめん。でも、ありがとう。あいしてる。その言葉を言えたか、死にかけの老人には判断がつかなかった。



「とわに愛しております、あなた」



 ただひとつ。

 薄らいでいく視界に映り込んだ最愛の顔に、泣き笑いの表情が浮かんでいることだけは分かった。

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