Ⅳ 国王
苗木に水をやる国王を見て、魔女は満足げに頷く。
「——まあ、いいでしょう。許してさしあげるわ」
彼らがいるのは、魔女の住処だった。
数日前、前王の残党の襲撃によって、国王の代わりに魔女が怪我を負った。常人ならば致命傷であった怪我は、慌てる王の目の前で瞬く間に治癒した。
クーデター時代に何度も見た光景だったが、王が見慣れることはついぞなかった。大事な人が傷つくのを平気な顔で見るなどできるわけがない。
庇われた国王は怒りをあらわにしたが、意地っ張りな彼女も退かなかった。五日間も口を利いてくれず、折れたのは国王だった。
「ご所望のサクラです。成長すると薄紅色の花を咲かせるのだとか。よくこんな珍しい植物を知っていましたね」
「いつぞやに読んだ本に載っていたの。……あと敬語。気をつけなさい」
「はい……うん、気をつけるよ」
国王は草むらに転がった。降り注ぐ陽光を全身で受け止める。
しあわせだ。しあわせすぎて、不安になるくらいに。
彼女が何度目かの求婚を受け入れたのは、玉座奪還から一年半が過ぎた頃だった。だがそれ以前から彼女が弟子を、国王を憎からず思っていたのは、誰の目からも明らかだった。
それでもプロポーズの承諾を躊躇ったのは、きっと、致命傷すらも完治する圧倒的な治癒能力、出会った頃から変わらない外見が関係している。
魔女は置いていかれることを恐れているのだろう。
しかし一国の王ですら、その恐怖をなくすことはできない。
おいていきたくない。でも死は命あるものの定めだ。だから彼女を永遠に縛りつけるつもりはない。死んだら忘れてくれてもいい。すべてを忘れて、心穏やかに暮らしてほしい——紛れもない本心だ。
だが、せめて、この木が枯れるまでは想っていてほしいというのも、どうしようもない我儘だった。
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