Ⅲ 青年

 正当なる血族から王位を奪った国賊らは、彼らの圧政に耐えかねた反逆軍の刃によって既に息絶えた。王城の門前で、贅沢にたるんだ腹を晒し上げる姿は滑稽なものだ。


 占領した王城のそこここで、反逆軍が勝利の雄叫びをあげる。しかしそれに反して、クーデターを主導した青年が浮かべる表情は悲哀だった。



「もう、終わったのか」



 血染めの玉座に腰掛ける。見下ろした景色は座る前と代わり映えない。一体、この座に何の価値があるのだろうか。


 目を閉じると、あの血溜まりが鮮明に思い浮かぶ。

 復讐を遂げても、心の奥底で静かに燃え盛る炎は燻ったまま。些細なことから全身に燃え広がって、全身を凍り付かせてしまいそうだ。

 この底知れぬ虚ろに身をうずめて、思考を止めてしまいたかった。


 しかし、それでも。


 頭の横に温もりを感じて、青年は目を開ける。

 玉座の横に立った魔女が、玉座に座る彼を抱きしめていた。



「お疲れ様。今日はゆっくり休みなさい」



 頭を撫でる温もりに、あんなにも冷えきっていた身体が一瞬のうちに熱を灯す。我ながら単純すぎる。青年は苦笑した。


 死にかけの子供を拾って育て、あまつさえ身勝手な復讐に終始付き合ってくれた魔女には、感謝してもしきれない。毒を飲まされようと、断崖絶壁から突き落とされようと、三日三晩人食い熊の住処に放置されようと、多少のことならば許せるくらいには返しきれないほどの恩がある。


 だが、たった一つだけ不満なことがあった。


 青年が魔女の胸に頭を預けてみても、無警戒の魔女は動揺の欠片も見せてはくれない。これ幸いと柔らかさを堪能しながら口を開く。



「全てを終えたら、あなたに言いたいことがあったんです」


「何かしら。さっさと森にお帰り、とか?」



 薄情ね、と魔女は見当違いなことを言う。



「いえ、そういうことではなく」



 青年は膨らみに顔を埋めながら、魔女の顔を伺う。



「結婚してくださいませんか?」



 薄紅色の目がぱちくりと瞬いた。



「……誰か、結婚するの?」


「僕と師匠が」


「……え?」



 魔女は固まった。


 数秒後、ようやく事態を理解したのか、慌てて身体を離そうとするのを、青年は腰に手を回して阻止する。



「待って待って私たちは恋人どころか、そもそも師弟よ? 何を言っているの? え、最近の若者って告白をすっ飛ばしてプロポーズするの? 怖すぎない?」



 青年は玉座から立ち上がって、絶賛大混乱中の魔女の右手首を捉えた。



「返事はいかが致しますか?」


「そそんなの、お断りに決まっているでしょう⁉」


「ちょっと魔女さんそりゃあないって!」


「我らが王様がどれだけあんたに惚れてるか、あんたは知ってるんか?」



 今まで夫婦漫才を静かに見守っていた反逆軍からブーイングが起こる。


 観客がいたことに気づいて、魔女の顔が真っ赤に染まる。青年の手の中から右手を奪い返し、大慌てで後退。途中、前王の血溜まりに足を取られて足を滑らせてしまうも、咄嗟に青年が腰を支えて、転倒は免れた。


 青年と魔女の視線が至近距離で交わる。かすかに薬草の香り。



「口づけても?」


「ふ、ふざけないで!」



 強行すると平手打ちされそうな剣幕だった。青年は渋々魔女の身体を起こして、そのまま腕の中に囲う。

 離しなさい、と魔女が喚くのに素知らぬ振りで、頭ひとつ下にあるつむじを見下ろす。



「さきほどゆっくり休むように言ってくださいましたよね? でも残念ながら、僕はひとりで眠れないのです」



 あなたのおかげで、と青年は悲しげな声色とは対照的な、万人が見蕩れるであろう笑みを浮かべる。



「添い寝をお願いしてもいいですか、師匠?」


「な、」



 熟れた林檎のように真っ赤な頬に口付けた青年は、鳩尾に反撃の拳を喰らって蹲った。

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