4.これから



「あーらら。占い師さんが虐めるから、アリサさん落ち込んじゃったじゃないですかぁ」


 マッドさんは、糸目を一層細くする。


「虐めるなんて人聞き悪いわね。私はただ、事実を伝えただけ」

「事実は時に、人を傷付けるんですよ? しかも相手は、心細い思いをしてる迷い人なんですから」

「……例え迷い人だろうと、事実は変わらない。だったら少しでも早く知るべきだわ」

「事実は変わらなくとも、伝え方は変えられるでしょうに。言い方一つで、受け取る側の気持ちも変わるってもんですよ? ねぇ、アリサさん?」


 そう言って、こちらへ笑い掛けてきた。

 対して占い師さんは、頬を膨らませる。私の方を一瞥し、それから、そっぽを向いた。


「私、間違った事は言ってないから」


 まるで言い訳のような言葉に、思わず

「はぁ」

 と頷く。



「あれで謝ってるつもりなんですよ? 案外可愛いとこありますよね」


 マッドさんは、口に手を当てて囁いた。ミューシャ君も

「ミューミュー」

 と小声で鳴く。

 途端、占い師さんからきつい眼差しを貰うも、ふたりは明後日の方向を向き、知らん顔をする。なんなら、口笛まで吹き始めた。


 子供か。心の中で思わずツッコむ。

 同時に、笑みも少し零れた。



「ふん」


 占い師さんは、パイプを食んだ。胸を膨らませ、怒りマークの形をした煙を、吐き出す。


「……迷い人さん」

「あ、は、はい」

「取り敢えずあなたは、帽子屋さん達と一緒に行動すればいいわ。その内流れ星を見る事になるから、見つけ次第願いを三回唱えなさい。そうすれば帰れるんじゃないかしら」


 唇を素早く動かすと、占い師さんは、またパイプで口を塞いだ。



「あれは多分、悪かったなーって思ったから、アドバイスしてくれてるんですよ。良かったですね、アリサさん」

「ミュー」

「ちょっと、あなた達」

「いやー、いい天気ですねー。最高のお散歩日和ですよー」


 曇った空を眺めながら、マッドさんとミューシャ君はわざとらしく笑っている。不満げな占い師さんなど、お構いなしに。



 えーと……つまり占い師さんは、一応私を助けようとしてくれていると、そう考えていいのかな? だとしたら、凄くありがたい。無一文でここへきてしまった身としては、手を貸して貰えるだけで、感謝の念が絶えません。


 でも、その、本当に申し訳ないんですが、一つだけいいでしょうか。



「流れ星に願いを三回唱えると叶う、っていうのは、迷信、ですよね?」



 至極常識的な事を、口にしたつもりだった。


 しかし。



「え? 何を言ってるんです、アリサさん?」


 皆さん、何故か不思議そうに首を傾げる。



「いや、だって、そうですよね? 流れ星に願いを、みたいな話は昔からありますけど、実際に叶うわけではないじゃないですか」

「叶いますよ。ねぇ?」


 と、ミューシャ君と占い師さんを振り返れば、当然とばかりに頷かれた。


「ま、流れ星なんて滅多に落ちてこないですから、叶えられた人はごく僅かでしょうけど」

「ついでに、心から願わなければならない、という条件もあるから、難易度は相当高いのよね」

「だから、アリサさんが住んでた所では、叶えられた人がおらず、結果迷信だって言われるようになったんじゃないですかね?」


 そう、なのだろうか。いや、そんなわけない、と、思うんだけど。



「まぁ、信じるも信じないも自由だけど」


 占い師さんは、ぷかりと煙を吐く。


「望みを叶えたいなら、まずはふたりに付いていってみなさい。ここでぐだぐだ言ってるよりも、遥かに建設的よ」


 はぁ、と気の抜けた返事をし、私は、視線をマッドさんとミューシャ君へ移した。


「えっと、そういうわけなので、一緒にいても、いいですか?」

「アタシは構いませんよ。何だか楽しそうですからねぇ」


 ミューシャ君も、いいよー、とばかりに前足を挙げる。思いの外あっさり了承され、胸を撫で下ろす。



「ありがとうございます、よろしくお願いします。占い師さんも、ありがとうございました。占いだけでなく、色々とアドバイスもくれて」

「……別に、お礼を言われる程じゃないわ。私は自分が必要だと思った事をしただけよ」

「あれはですねー、照れ隠しなんですねー。人からの感謝を素直に受け取れない、所謂ツンデレって奴ですよ。ぷぷ」

「ミュミュ」


 口元を手で押さえながら、マッドさんとミューシャ君は、途轍もなく生き生きしている。ここぞとばかりにからかう気満々だ。


 でも、そろそろ止めた方がいいと思いますよ。


 背後で、占い師さんが物凄いオーラを放っているんですけど。



「あなた達……」


 パイプを持つ手が、小刻みに震える。唇も歪み、への字になった。


 かと思えば、パイプを噛み、思いきり吸い始める。そうして、大量に煙を吐き出した。


 煙は、見る間に形を変えていく。狼や虎、ライオンなど、何匹もの猛獣が姿を現した。



 器用だなぁ、と感心していたら、不意に猛獣達が、こちらを振り返る。



 え、振り返る?



「こいつはいけませんねぇ……」


 マッドさんの顔が引きつっていく。ミューシャ君も、さっきまであんなに楽しそうだったのに、今は耳を伏せ、後ずさった。


 一体何が、とマッドさん達を見比べていたら。



「逃げますよっ!」



 唐突に、腕を掴まれる。


 そのままふたりは、勢い良く反転した。つられて私も、後ろを向かされる。



 ほぼ同時に、煙の獣達が空中で駆け出した。牙を剥きながら追い掛けてくる。



「えっ、な、何っ!?」

「もっと足を動かして下さいアリサさんっ! 全力でお願いしますよっ!」

「ミューッ、ミューッ!」

「あのっ、な、何で私も走っているんですかっ? 私、何もしていないですよねっ!」

「いいから急いでっ! 齧られてもいいんですかっ?」

「いやっ! ですから私は関係ないんですってっ!」

「ミュウゥゥゥーッ!」


 ミューシャ君が、焦ったように叫ぶ。

 見れば、猛獣達は白い煙を翻し、着々と迫っていた。このままでは追い付かれる。



「っ、仕方ないですねっ! 飛びますよっ、ミューシャッ!」


 そう言うや、紫のシルクハットを宙へ放り投げた。

 直後、ミューシャ君は大きな前足を広げ、私とマッドさんを抱え込む。


「アリサさんっ! しっかり口を閉じてて下さいねっ!」

「し、しっかりってっ、一体、何をするつもりで……っ!」



 瞬間。ミューシャ君が、地面を蹴った。


 もっさりした毛を靡かせて、巨体に似合わぬ跳躍力を見せる。



 咄嗟に唇を結び、私はミューシャ君にしがみ付いた。訳も分からず、ただただ目を見開く。


 その視界に飛び込んできた、紫色。


 くるくる回るシルクハットは、やがて重量に従い、落ちてくる。



 反対に、私達は空へ昇っていった。シルクハットとの距離が見る間に縮んでいく。

 いや、いっそミューシャ君が突撃していると言っても過言ではないかもしれない。



 ……まさか、とは思うけど。



 またシルクハットの中へ入ろうなんて、していないよね。



 していないと言って。お願いだから。

 そう祈ってみるも。




「ミュミューッ!」



 ノリノリで、シルクハットに頭突きをかました。




 途端、ミューシャ君の顔が吸い込まれていく。続けて首、肩と入っていった。


 当然、抱えられている私も、一緒に飲み込まれるわけで。




「いやぁぁぁぁぁーっ!」



 人生で一番の絶叫も、紫のシルクハットへと消えていった。




 取り敢えず、隣でめっちゃ笑っているマッドさんは、絶対に許さない。

 絶対に。



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流れ星を探して -アリサと不思議な国の住民達- 沢丸 和希 @sawamaru

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