3.占いの結果
「ご依頼の品をお届けにきましたよ」
「あら、思ってたより早かったわね」
「いやぁ。占い師さんが物ぐさすぎて、飢え死にしてないかなーって思ったら、あっという間に完成したんですよ」
「そう、ありがとう。助かるわ」
私が固まっている間にも、マッドさんと占い師らしき女性は、談笑していく。
「じゃあ、お願い」
「はいはーい」
マッドさんは、肩に掛けた鞄へ手を入れる。中から、女優さんが被ってそうな鍔広帽が出てきた。大きさから言って、恐らく中で寛ぐ用の帽子なんだろう。シンプル且つ上品なデザインが、大人のお姉さんという雰囲気な占い師さんによく似合っている。
ただ、喜ぶかと聞かれたら、正直疑問しかない。
だって、帽子の鍔の裏側に、大量の木の実や果物が乗っているんだもの。
何でそんなものが? 邪魔でしかないだろう。という気持ちで眺めていると、マッドさんは、逆さまの鍔広帽を占い師さんの横へ置いた。それから、人形サイズの彼女を両手で掬い、新しい帽子へ優しく移す。
「どうですか、居心地は?」
「悪くないわ。相変わらずいい腕ね」
占い師さんは、体を揺らしてポジション取りをすると、鍔の上に乗った木の実を一粒掴む。小さな口を開き、齧り付いた。
「ん、美味しい。これで暫く生きていけそう」
「そいつは良かった」
マッドさんは、占い師さんの水たばこも、新しい帽子の中に移動してあげた。
「お次も、また同じ依頼でよろしいですか?」
「そうね。『美味しそうな食べ物がたっぷりと乗った、寝心地のいい帽子』をお願い」
「承りました」
にっこり口角を持ち上げ、占い師さんがそれまで使っていた帽子を拾い上げる。表面を軽く叩いて、鞄へと仕舞った。
「所で、帽子屋さん」
つと、占い師さんは、パイプを食む。
「そこにいるお嬢さんは、もしかして迷い人かしら?」
長い前髪の奥から、視線を感じた。
「そうなんですよ。材料集めで使ってる森で出会いましてね。困っているようでしたから、占い師さんの力をお借りしたらどうだろうかと思い、こうして連れてきたってわけなんです」
と、手招きされたので、おずおずと近付く。
「こ、こんにちは。
「どうも、初めまして。占い師のセルマよ。よろしくね、迷い人さん」
緩やかな弧を描いた唇から、ハートの形をした煙が吐き出される。ハートは真っすぐこちらにやってきて、私の口へぶつかると、音もなく消えていった。お洒落さと色気を兼ね備えた挨拶に、思わず変な声が出る。気恥ずかしさも、込み上げた。
熱くなる頬を誤魔化すように、私は、咄嗟に両手を叩く。
「あ、あの、さっきから、思っていたんですけど。迷い人って、な、何なんですか?」
私を差しているという事以外、いまいちよく分からない。
「迷い人はその名の通り、この国に迷い込んだ人の事よ。言ってしまえば、迷子みたいなものね。でも子供だけじゃなく大人もいるから、迷子じゃなくて、迷い人」
「え、私以外にも、いるんですか? その、迷い人が」
「えぇ、時々くるみたいよ。今もいるかは分からないけど」
「その人達は、どうやって迷い込んだんですか? 私、家に帰りたいんです。だから、何か手掛かりになりそうな事があれば、教えて下さい。お願いします」
「あら、帰りたいの?」
「はい。今すぐ」
「なら帰ればいいじゃない」
え? と目を丸くすれば、占い師さんは、煙を零しながら続ける。
「だって、自分で望んだんでしょう? ここに迷い込みたいって」
ひゅ、と喉から、掠れた音が上がった。
この人は、何を言っているんだろう。
「私の記憶が正しければ、自ら望まない限り、迷い人は現れない筈よ。ねぇ、帽子屋さん?」
「んー、アタシもそう聞いてたんですけどね。女王様のお力のお陰で、この国に迷い込むぞって思ってない人は、自然と弾かれるって」
「だったらこの子も、ここにきたくてきたという事になるわ。己の意志でやってきたんだから、帰るタイミングだってあなた次第なんじゃない? 知らないけど」
指先から、冷たさがせり上がってくる。足の裏から脳天へ、痺れるような感覚が走った。体は勝手に震え、腕や顔の毛が騒めく。
「そんなわけ……っ」
そんなわけない。
私は、ここにきたいなんて思っていない。自分の意志で帰れるなら、とっくの昔に帰っている。でも帰れないから、方法を探しているのに。何でそんな風に言われなければならないの。
私の気持ちを、勝手に決め付けないで。
「本当に?」
静かな声が、落とされる。
「本当に、望んでないの?」
占い師さんが、徐に、パイプから唇を離した。
「この国へきたいって、本当に思わなかった?」
前髪の奥から感じた眼差しに、一瞬気圧される。でも、すぐに眉を吊り上げた。
「お、思いませんでしたっ」
「なら」
と、占い師さんは、軽く首を傾げる。
「今の場所からいなくなりたい、とは願わなかった?」
手に持ったパイプを、一つ揺らした。
「もしくは、ここじゃないどこかへ行きたい、とか。そんな風に望まなかった?」
その問いに、答える声はない。
気付けば私は、地面を眺めていた。体を上手く動かせない。呼吸も、何だか苦しかった。
頭の中に、流星群を見ながら呟いた言葉が、蘇る。
“どこか遠くへ行きたいよ”
まさか。
まさか、そんな。
「――ま、取り敢えず」
不意に、パン、と手を打つ音が、耳へ入ってきた。
「アリサさんが、どうやったら元の場所へ戻れるのか、占って貰えませんかね? アタシ、その為にここへきたんですよ」
私は、ゆっくりと視線を持ち上げる。
マッドさんが、笑っていた。
「……そう。いいわよ」
占い師さんは、徐に体を起こす。帽子の中で背筋を伸ばし、水たばこのパイプを食んだ。
静かに胸を膨らませ、つと、唇を開く。吐き出された煙は、占い師さんの眼前で広がっていった。映画館のスクリーンみたいな長方形を保ちつつ、宙に留まる。
緩やかに蠢く煙を、緑の前髪の奥から、じっと見据えた。
「星が見えるわ」
ぽつりと、呟く。
「流星群を眺めてるみたい。隣には、帽子屋さんと相棒君の姿もある。迷い人さんは手を胸元で組んで、何か言ってるわ」
「何て言ってるんです?」
「さぁ? けど、空に向かって何度も繰り返してるから、願い事でもしてるんじゃないかしら」
「あー、あれですか? 流れ星に向かって願いを三回唱えると、夢が叶うっていう」
「そう、それ」
「じゃあアリサさんは、家へ帰りたいって流れ星に祈った結果、願いが叶い無事戻れると、そういう事ですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私に言えるのは、あなた達が一緒にいて、流星群が訪れる夜に、何かが起こると占いに出た、という事だけ。それをどう解釈し、活用するかは、あなた次第よ。迷い人さん?」
占い師さんの口角が、動いた。
「精々足掻く事ね。本気で帰りたいなら」
ふふ、と喉を鳴らし、目の前の煙へ息を吹き掛ける。長方形の煙を散らすと、また水たばこを吸い始めた。
ぷかりと浮かぶ白い煙を、私はただただ眺めた。瞬きも忘れて、立ち尽くす。
「ミュー?」
ミューシャ君が、私の顔を覗き込む。もっさりした毛を揺らし、どこか心配そうに耳を揺らした。
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