第36話 とある幕間



「──ハッ」

「おはよ、ロボ」

「……タイガ?」


 冬香と腹を割って話し合ってから数日後の朝。

 珍しく大寝坊をかましたロボに挨拶しつつ、俺は運動着から普段着に着替えていた。


「夢でも見てたか、お寝坊さん」

「……あぁ、まぁ、はい。見てました」


 寝ぼけ眼をこすりながら状態を起こすロボ。髪の毛ボサッてなってますよ。

 なんでアンドロイドのくせに朝弱いんだよという野暮な指摘はしない。これは秋乃が限りなく人間に寄せて創造した結果なんだろう。


「何の夢?」

「タイガが堕落して私に甘える夢です」

「うわ。お前……優位に立ちたいからってそんな夢を……」


 相棒を軽く軽蔑しかけた瞬間であった。


「むっ。違いますよ」

「なにが?」

「私の夢は記録データの整理と、可能性があるルートを演算するシミュレーターです。つまり夢ではなくあり得た可能性を見ていたのです」

「えっ、俺がお前に甘える未来、ホントにあんの……?」


 いやまぁ、確かに大規模作戦の時は過剰なくらいケアしてもらったが、アレは冗談抜きで瀕死だったからだ。

 あそこまで死にかけていたのなら、きっとロボじゃなくても優しく接してくれたはず。

 だから理由もなくコイツの優しさに依存するような可能性は……いや、えぇ? 予測シミュレーターだから、可能性としてはあるのか……。


「いや、おまえが俺を篭絡しようとした未来かもしれない」

「シミュレーションではあなた、わざわざ授業を抜け出して私に抱き着いてきてましたよ。ワガママ言ってたのはそっちなんです、えっち」


 そのシミュレーター上での言動を現実の俺が咎められるとか、そんなのほとんど言いがかりじゃねえか。ゆるせねぇよ……。


「この俺は言ってないし何もやってないんだが」

「AIにとってのシミュレーションは現実での体験と何ら変わりません。私はタイガにあんな事やこ~んな事まで求められてしまいました」

「え、いや待ってコレってその可能性を生み出した俺が悪いのか……?」


 そんなはずはないのだが、ロボの様子を見るにどうやら本当に疑似的な体験をした事は間違いないようで。

 いつもの仏頂面な彼女の顔が少しだけ困惑しているように見えた。

 ──不安にさせてしまったか。

 精神面では普通の少女のそれなんかじゃないはずだが、流石にフォローはしといた方がよさそうだ。


「だいじょぶだって、何もしないから」

「ヒロインじゃないので精神面でのフォローとか不要ですよ」

「マジで可愛げが無ぇなお前……」


 心配ご無用らしい。彼女の持つこの精神力、ある意味では心強い。


「いいですかタイガ。私の夢はあり得た可能性です。くれぐれも自分の実力を見誤らないように」

「……ゲームで不正解のルートをプレイした後に、ロードしてやり直してるみたいだ」


 どうやら俺は間違ったルートを進むと、この今は対等であるはずの相棒に心底依存して溺愛してしまうらしい。まったく恐ろしい話だぜ。これが死亡フラグってやつか。


「限界を迎える前に、ちゃんと私に相談してください。山田さんもいますし、タイガは一人ではないのですから」

「ぉ、おう……なんか今のグッと来たわ」

「えっ、興奮したんですか? 仕方ないですね……」

「ちげぇよバカ。……っておい脱ぐな脱ぐな!」


 相も変わらず訳の分からない相棒だ。

 こんな奴に依存しなきゃやってられない世界線って、そこの俺どんだけ限界なんだろう。

 

「タイガが望むならやぶさかではありません」

「その甘い一言がシミュレーター上の俺を堕落させたんだろうな」

「あら、堕ちてしまいましたか?」

「残念なことに俺は元気だよ」


 お前さんもうしばらく黙っときなさいよ本当に……。

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