第35話 攻略イベント ③
──気がついた。
そして後悔した。
俺は一体何をしているんだ。
「……許されたくない。あなたが明るく振る舞うたびに、死体の様なあの姿が脳裏によぎるの」
どうやら俺は、自分が許せば相手も笑顔になってくれるだなんて、そんなくだらない考えに支配されていたらしい。
冬香の中には彼女自身では手に余るほどの罪悪感が残留している。
俺がそれを許そうとする度に、この黒髪の少女は心の痛みに苛まれてしまうのだ。
俺が許そうとしても、彼女自身が自分を許すことができない。
「おねがい、許さないで」
懇願するのだ。
きっと──自らを断罪しろ、と。
「わたしを柏木くんの道具にして。あなたの好きにして。馬鹿な事を口走った愚かな女を、あなたの手で使い潰して。死ぬだなんて無責任なことは言わないから。……無理をしてまで、もうわたしの為に苦労をしないで」
世界救済の面だけで考えれば、非常に魅力的な提案だ。
このまま冬香を俺の好きなように扱えば、攻略の手間が一気に省ける。寄生されているのかいないのか、すぐに判断することができる。
とてもいい近道だ。リアルタイムアタックを走る人間なら、迷わず選ぶ択だと思う。
「わたしは──」
「ダメだ」
「……え?」
けど、別にRTAを走ってるわけではないので。
「冬香を道具なんかにしたりはしない。ルームメイトを道具にする人間がどこにいんだ」
「で、でも……っ」
彼女たち寄生の疑いがある少女たちを踏みにじってまで手に入れた未来に、価値がなど無いのだ。
「わ、わたしの意志は無視? 許してほしいだなんて望んでないわ」
「俺だってお前を道具にしたいだなんて望んでないぞ。お互い望んでないことを相手に強いてる地獄みたいな状況だな」
「なに、言って……」
許されたくないのは分かるが、罪を贖うために俺の道具やら奴隷やらになるってのは極端が過ぎるだろう。
償いは時間をかけて積み重ねていくものだ。
俺が許したつもりでも彼女自身が自分を許せないのは当然。
「いま自分を許せないなら、自分を許せるようになるその日まで、少しずつ償っていけばいいじゃねえか。いますぐその身の全てを捧げる必要なんてどこにもないだろ」
当然のように言い放てば、冬香は何か言いたげな表情になる。
「簡単そうに言って……あなたこそ、極端よ」
「似た者同士だな?」
「……頭が痛くなってきた」
「奇遇。俺もだ」
押し問答だ。それが最適解だと気がついた。
冬香のあの言葉は本気にしない。取り合おうともしない。そうすれば冬香がバカみたいな事を口走ることもない。
ここで大事なことを思い出した。
冬香は繊細だが、決して弱い人間ではない。ただ、責任感が他より強いだけなのだ。
一週目の三春を傍で支え続けた存在は他でもない彼女だ。精神的に弱い人間に、あの極限状態だった三春のケアなど出来るはずがない。
実際に出来たのは、冬香が強い人間だという何よりの証拠だ。
いまここが唯一、冬香が折れる可能性のあったルートだ。
コイツの気の迷いをぶっ潰せば、彼女はいつもの気高い戦士に戻ってくれるはず。
「許されたくないなら、それ相応の努力をしろよな。道具や奴隷になんてなったら可愛がって超許しちゃうぜ」
「意味わかんないんだけど……」
「さっきのお前も大概だぞ。まず三春や下級生たちを守る意思があるんなら、責任から逃げんな」
もうベンチに座ってはいない。
いつの間にか二人とも立ち上がって対面しており、どちらかと言えばケンカ腰になっていた。
「いいか、俺への罪悪感があるのはいい。冬香の無茶なミッションで死にかけたのは事実だからな。だが、その罪の意識を感じたくないからって、俺のモノになって思考停止をしようだなんて甘えた考えを吐くのは許さない。お前には下級生たちや戦えない人たちを守るっていう選択をした責任があるんだ」
息が切れかかるほど、怒涛のマシンガントークで言いたかったことをぶちまける。
心苦しいがもう優しくしてやるターンは終わりだ。
「死ななければ無責任じゃないって? そんなわけあるか。お前ほど優秀でみんなから頼られる上級生が、思考をやめて俺の言いなりになるほうがよっぽど迷惑だ。……お前、何のためにアルレイドになったんだよ」
その言葉で区切ってやると、今度は自分の番だとでも言うように冬香から切り出してくる。
「……もちろん人々を守る為よ。そんなの当たり前じゃない。戦えない全ての人の為に私が戦うって、そういう覚悟でこの学園に入学したの」
「なら──」
「だから! その守る人たちの中にアンタも入ってるって、そう言ってんのよ!!」
こちらの飄々とした物言いに我慢の限界を迎えたのか、冬香はさっきまでの弱々しい姿からはまるで想像できないような怒りをあらわにした。ついでに口調も砕けている。
あの変態不審者でしかなかった俺を、下級生たちを守るためにぶっ殺そうとしてきたあの時みたいな迫力だ。
初めて正体を明かしたあの時の、俺が知っている冬香だ。
「守らなきゃいけなかったのに、わたしのせいであんなにボロボロになって! それを償おうとして何が悪いっていうの!?」
「……それが悪いだなんて一言も言ってねぇよ、話し聞いてたか? お前、俺の性奴隷だの愛玩動物になるだの言ってたんだぜ。俺専用のえっちでスケベなペットになるなんて、んなのただの責任放棄じゃねーか。ワクワクさせんな」
「そっ、そこまでは言ってないわよ! 変態!!」
おー、なんかいい感じだ。これこれ、コレだよ。
「あなたの女になるってそういう意味だろ」
「ち、ちがうってば!」
「うーわ前言撤回しやがったこの女。はい、軽い発言をしたので責任ポイントプラス1な」
「責任って言葉を何だと思ってるの……?」
まぁ、頑張ればこんな感じで、シリアスな雰囲気は誤魔化すことができる。
あくまで誤魔化してるだけだ。
たぶん解決なんてしていない。
それは俺もわかっている。
自分が力不足なのは俺自身が最も自覚している事だから。
「……ヒロインだ何だって、あの言葉を肯定したのは謝るよ。すまなかった」
「っ……」
「でも、あの発言だけは頂けない。俺の為でも、お前自身の為だろうと関係ない。あの言葉で一番傷つくのは──三春なんだ」
「……そう、ね」
けど今は誤魔化しでいい。
ちゃんと話をするのは、マジで二人きりの時だけにしときたい。
ようやく少しだけ冷静になってきたのか、冬香は肩を落としてベンチに座った。
俺は座らない。いま隣に座ったら怒られるからな。
「ハァ。……えぇ、少しばかり盲目になっていたわ。あなたやわたしの事はさておき、とても大切な後輩を泣かせるわけにはいかないものね」
「ちょっとは先輩としての意識が戻ったか。何よりだ」
「……でも、それならわたしはどうすればいいの? 何もしないなんて、わたしには無理よ」
顔を上げ、俺を見る。
まだ迷いが見える眼だ。不安げな心境は流石に理解している。
ここまで厳しい言葉ばかり使ってしまったので、ここからは柔らかい方向に切り替えていこう。
「今は、一緒に戦ってくれたらそれでいい」
「……そんなことでいいのかな。あなたが、望むなら──」
「おいおい戻るな戻るな、しっかりしろって」
冬香が感じている罪の大きさは計り知れない。
誤魔化しだけじゃ消し去ることは叶わないだろう。
なので、少しずつ。
俺のモノになる必要はない。
残された時間が少ないのは事実だが、近道はきっと一番の遠回りなのだ。逆もまた然りだ。
だから俺は後悔しない道を選ぶ。この先も闘っていかなければならないのに、罪悪感に苛まれていては集中などできっこないのだ。
「それがいいんだ。頼むよ、冬香」
多少負い目なんかはあるのだろうが、なるべく彼女とは対等でいたい。
だって俺が一方的に未来から来ただけで、本当なら同い年の同級生なのだ。
気の置けない関係でありたいと願うのは当たり前のことだと思う。
「……うん、わかった」
そしてその想いは、どうやら通じてくれたようだ。
「柏木くんにはちょっと甘い程度で手を打ちます」
「……まぁそれくらいなら」
「頼ってほしいのは本当だからね。それくらいはさせて頂戴」
「分かったよ、冬香」
「あともし女学園での生活中に男の子としての劣情を催してしまったら……そうね、パンツくらいなら見せてあげる」
「急にウチの相棒みたいな下ネタぶっ込んでくるのやめなさいよ」
多少はふっ切れた影響なのか、冬香は少しだけフットワークが軽くなったようだ。
下着もパンツも見ませんが。
俺が見たいかどうかじゃなくて、この流れで見ることになったら俺が負ける。
……とりあえずは、一件落着だろうか。
「二人ともー! お待たせしました~!」
ちょうどいいタイミングで三春が帰ってきた。
彼女の手にはコンビニの袋らしきものが握られている。
「ありがとう三春。少し時間がかかったようだけれど、大丈夫だった?」
「あ、えと、実は自販機で欲しい飲み物が売ってなくてですね。ちょっとそこのコンビニまで──」
俺は途中で見つけたが、実は彼女は冬香に気づかれずにすぐそこの茂みで様子を窺っていた。お疲れ様です。
なんやかんやあったものの、結局は話し合いに割って入ることなく戻るタイミングを見計らっていた三春が、この場で一番大人だったんじゃないかなぁとか考えながら、俺は少女二人と百合パラダイスな学園への帰路につくのであった。
三春:24
冬香:51
秋乃:20
──それから好感度に関しては、奇跡的に上昇したようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます