第33話 攻略イベント ①

 




 三春:26

 冬香:37

 秋乃:20



『……順調、ですかね』

「俺にしては頑張ってる方だと思う」


 早朝、女子寮の外にあるベンチにて。

 朝特有の涼しい空気で肺の中を整えながら、俺は女に変身した状態で、ペンダントになったロボと好感度のチェックを行っていた。

 この数日間はいろいろなことがあったものの、奇跡的に好感度は上昇する方向に上振れている。


 そして本日は、いよいよ冬香との大事なイベントがある日だ。

 

 実際にやる事だけで言えば、駅前にある激辛なラーメン屋へと赴くだけだが、そこへ行けば終わりという単純な話ではない。

 俺は三春のサポートを受けつつ冬香の心を解きほぐし、なおかつ三春と冬香の仲を縮める手回しもしなければいけないのだ。やることは山積みである。


『結局、冬香の攻略はどうするのですか?』

「……本当は三春に任せたい」

『なるほど。この世界の百合パワーに頼る、と』

「そうなればいいんだが、必要があれば俺がその役目を背負うつもりだ。男でも女でも、冬香が接しやすい方でな」


 確定で女状態のほうが喋りやすいとは思う。

 しかし最近の冬香を見ていると、俺が男でも大差ないような気がしてきているのも事実だ。

 彼女もどちらかと言えば女の俺ではなく、その中にいる男の俺に対して話をしている印象がある。

 極論、わかんねぇって話だ。それをハッキリさせるための機会が今日といってもいい。

 

『意外でした。タイガもちゃんとタイムリミットを気にしていたのですね』

「当たり前だろ。最終回までにどうにかしないと、人類が滅びるんだから」


 エロゲと違ってこの世界にはセーブもロードも存在しない。

 おまけにリアルタイム更新の時間制限まであり、それを超過してしまった場合、ヒロインたちはバケモノと化しバッドエンドまっしぐらだ。

 悠長に誰を選ぶかなんて逡巡している暇はない。


 好感度調整がうまくいかずに最終回直前まで来てしまった場合は、最悪な決断だが三人全員を薬かなんかで惚れさせるだとか、恐怖で興奮させて強姦まがいの事をするような覚悟だって決めなければならない。


『……もしうまく事が進まなかったとき、本当にあの三人に対して乱暴……できますか?』

「おそらく無理だ。だから全力で今を乗り切る」


 その覚悟を発揮するような機会が訪れない事を祈るばかりだ。

 そう考えつつ俺はベンチから立ち上がり、今日の準備をするべく自室へと足を向けたのだった。



 正直に言えば、好感度に関してはもう全員50くらいの数値になってくれていれば安心できた──なんて思わないこともない。最低な思考だが。


 アニメの順を追うなら、この数日後に新キャラが登場してしまうのだ。


 その少女は中盤の物語におけるキーパーソンであり、また三春の妹のようなポジションにつく存在でもある。

 しかし彼女は最終回を迎える前に死ぬ。

 三春の目の前でビーストに喰い殺され、三春にトラウマを突きつける原因になってしまう。


 アニメでは冬香を始めとして様々な仲間に支えられて何とか立ち直ったが、今の三春にはその時の記憶が存在している。

 もしまた目の前でその少女を失ってしまったら、三春は無力感と自責の念に苛まれて二度と立ち上がれなくなる可能性すらあって──あぁもうゴチャゴチャしてきた。


 とにかく、まったりラブコメをしていられる時間は少ないのだ。

 ここは多少引かれてでも能動的に動かねば。



 ……ぶっちゃけた話、攻略の糸口なんて見えてないけど。


 もう少ししたら三春は新キャラとセットになるし、冬香は初期ブーストが大きかっただけでチョロいわけではなく実は繊細で好感度が上がりにくかったり、まずどうやって仲を深めたらいいのかサッパリ分からない天才合法ロリっ娘だったりと、これらを攻略しろとかマジで難易度が異次元だ。にげたい。


 けど、やるしかないのだ。

 ロボが生まれたこの世界、ひいては俺が元いたあちらの世界も救うための戦いなのだから。

 親友の山田や泣き虫な相棒にも頼りつつ、なんとか頑張っていかないと。





 はい、というわけで時間は飛んで、現在はラーメン屋の帰り道です。唇が死んでる。

 冬香と三春は俺が用意した変装セットのカツラを被っており、服装は適当な私服を見繕ってもらったため、街の人間からしても清楚なお嬢様学校の生徒ということは、女になってる俺を含めてもバレないはずだ。

 はず、だったのだ。


「……変装、バレてしまったわね」

「あのラーメン屋の店主、いったい何者なんだ……」


 そう、唯一の例外として激辛ラーメン屋のオヤジ店主には、冬香の正体がバレてしまった。

 完璧な変装のはずだったのに。


「まぁ中学時代はよく通っていたから見破られるのも分かるわ。口外はされないだろうし、三春はバレなかったから大丈夫よ」

「それは……よかったです……うぐぐ」

 

 そしてこの超激辛な食べ物を入れた後なのにヘラっとしてる黒髪先輩と、反して口内に残った辛い刺激に苦しんでいる茶髪後輩を見比べてみて、いかに冬香の舌や内臓がヤバイ強度をしているのかが窺えた。もう二度と行きたくない店ランキング堂々の一位だあそこ。

 ちなみに既に変装は解いている。街中を歩くだけなら隠す必要はない。


「三春。お願いがあるのだけど」

「なんでしょう!」

「この先にある自販機で、何か飲み物を買ってきてくれないかしら。お金は後で渡すから」

「は、はーい……」


 冬香にパシリを要求された三春は、何の気なしに財布を握って駆け出した。こういう頼まれごとは初めてではないらしい。あの様子だと俺のも買ってきてくれそうだ。


「柏木くん、そこのベンチで休みましょう」

「おす」


 言われるがまま、噴水がある広場のベンチに腰を下ろした。

 時刻は既に二十時を過ぎている。

 夜は更け良い子は帰る時間だ。俺たちも寮の門限が過ぎる前に帰らないと。


 にしても、今回の事で冬香を元気づけることはできたのか──気になるところだったが、それを問うわけにもいかず俺はスマホを取り出してしまった。

 流石に女子の前で携帯に集中するわけにもいかないため、時間だけ見てもう一度ポケットに戻す。


「……」

「……っ」


 いかん、黙ってしまった。こういう空気って良くないよな。


 なんか友達の友達と遊んでいる時に、共通の友達がいなくなったときみたいな気まずさに近い。おかしいな、ルームメイトのはずなのにな。

 ただ今回に関しては主に三春が間を取り持つように動いてくれていたから、彼女がいなくなってこうなるのは当然と言えば当然だった。


 こんなんじゃダメだ、行動しないと。

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