第30話 迫りくる珍イベント ②




 一応は人に聞かれたくない話という自覚があるのか、俺たちが座ったのは端っこのほうで、ほとんど周囲に人はいない。

 そういえば、三春はギャグ回のこと覚えてるんだろうか。


「てか三春も俺と同じやつ頼んだの」

「うん。食堂のカレー、なんだか懐かしい味で美味しいんだよね~」


 見るからにピュア~って感じ。これはお昼ご飯に浮かれててギャグ回のこと忘れてそうですね。


 多少打ち解けた影響なのかもしれないが、こういう姿こそが本来の三春なのかもしれない。

 こっちまで笑ってしまうような笑顔を持つ少女──やはり大道三春は主人公に相応しい人物なんだなと実感させられる。


「あのね。冬香さんの激辛の件、やっぱり柏木さんにも来てほしいんだ」

「えっ? いや、でも……」

「冬香さんの事はもちろん考えてるよ。あたしが大丈夫だと思ったから、こうして誘ってるんだけど……」


 いやいやいや、ズルいって。こんな会話の流れでノーなんて言えるワケないだろ、魔性の女め。

 自覚があってやってるのか、それとも持ち前の純真さを発揮してんのか、まるで見当がつかない。

 昨日の会話で三春がどれくらい精神的に変化を遂げているのか図れなかった、俺の落ち度なのだろうか。


「……正直に言うとね。前も言った通り、ひとりじゃ心細いんだ……なんて、ね。あはは……」

「行きます」

「へっ。……い、いいの?」

「あぁ。行かせてくれ」


 俺が一瞬たじろいだら、すーぐに悲し気な表情しやがって。一緒に行ってやるよバカ野郎。今日から俺がお前の保護者じゃい。


(タイガは年上ですしね)

(当たり前よ。お兄さんがエスコートして、冬香を元気づけつつ三春と冬香の仲も原作以上に縮めてやるわ)


 任せな、百合の応援には手を抜かないことで有名なオタクなんだ。どんどん頼ってくれ。


「……ありがと、柏木さん」

「どういたしまして♡」


 あー出てきちゃった。眼の中ピンク色のハートだらけですわ。

 はい、もうどうやっても格好がつかない事は分かりました。ギャグキャラ上等。かかってこいよハートマークぁ!



「──んっ? 廊下のほう騒がしいね。なんだろ」


 三春が不穏な一言を放ちやがった。

 お嬢さん、良いことを教えてやる。

 世間ではそういうのをフラグと呼びます。



「みっ、みんな逃げて~!」

「なになに、何事?」

「実験体のビーストが研究室から脱走したらしいっスよ」

「わっ! 廊下で倒れてる人い──ンヒィィッ!!?♡♡」



 これはひどい。


 廊下でアヘ顔になりながらケツを突き出して痺れてる女子や、襲われてすっ転んだ生徒がこぼしたうどんの汁で二次災害が起きたりなど、まるでこの世の終わりみたいな光景だ。


「……わす、れてた」


 サーっと血の気が引いて、カレーのスプーンを落として顔が真っ青になる三春。やはりこの事はマジで忘れていたらしい。ふふ、このお茶目さんめ。


「うおぉっこっち来たァ!?」

「ぶっ、武器がないし一旦逃げよ! 柏木さん!」

「あっ♡ そんな簡単に手ぇ握らないで♡♡」


 三春のとっても柔らかいおててに引っ張られながら、武器の確保や冬香の安否などを念頭に置きつつ、俺たちは猫くらいの大きさのバケモノに背を向けて逃げ出したのであった。


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