第28話 かつての主人公 ③

 

「……み、三春?」

「話、終わってないよ」


 暗い声音だ。

 いつのまにか三春もベンチから立ち上がっており、俺を逃がさないためか背中の服をギュッと掴んでいる。

 加えて顔を俺の背中に埋めているため、振り返って表情を伺うこともかなわない。これはまずい。

 

 いや、マジでヤバい。もしかしてまた俺地雷を踏んだ……?

 今度は好感度が下がるだけじゃなくて、このまま背中に刃物を突き付けられて「学園から出ていけ……」とか言われちゃうのか。あまりにも恐ろしすぎる。ちびりそう。


 爆速で跳ねている心臓の鼓動を肌で感じる。

 俺からは何も言えないからそのまま黙っていたのだが、程なくして彼女の方から言葉を発した。


「気、つかったでしょ。冬香さんじゃなくて、あたしに」

「……な、なんのことだか」


 バレてるぅー! こいつ読心術のスキルでも持ってやがるのか……。

 あまりにも厄介すぎる。これはもはやヒロインではなく対戦相手と言っても過言ではない。過言であってほしい。


「知ってるの? 気づいてるの? あたしのこと、察してるのかな」


 背中の服を握る力が強くなっている。これもしかしなくても怒ってらっしゃる? このまま制裁コースまっしぐらなんです?

 くそ、ふざけてる場合じゃねぇ。俺は何て言って返事したらいいんだよ。


「……憐れみ、なんて」

「ち、違う!」


 上手く立ち回るなど不可能だ。

 せめて誤解をさせないよう、俺の中にある答えを彼女に伝えるしかない。


「憐れみなんかじゃ……ない」

「じゃあ、なんだって言うの」

「もちろん多少は気を遣った。で、でも、三春のためだけじゃない。それ以上に冬香のためを思ってのことだ」


 ここで物理的に逃げたらいよいよゲームオーバーだ。真正面から彼女と対話する以外に、これから先の未来を変える手立てはないと考える。

 逃げちゃダメだ、を脳内で何回も反駁し、覚悟をキメる。


「今の冬香には三春が必要だと思ったから提案したんだ。全部がキミのためじゃない。自惚れるな」

「っ……」


 やっっっばい語気が荒くなった終わりだ。つい強めに言っちゃったわ。ヒロインの攻略なんて夢のまた夢ですね……。


「……どうして冬香さんのために、そこまでするの」


 一瞬詰まる。

 しかし一拍置いて、意志の弱さを見せないようハッキリと言い切ることにした。


「三春と同じだよ」


 彼女は、聞き返さない。


「いつかのキミがそうした様に、俺もだ。助けたいと思った人の為に動くことって、そんなに変なことか?」


 何も考えなしに言っているわけではない。

 なぜ冬香のためにそこまでするのか、という質問は、アニメの三春も別の人間にされていた。

 だから、そのとき彼女が告げた答えと同じことを口にする。同じ気持ちなら共有できるはずだと踏んだうえでの行動だ。


 そうするべきだと思ったから──という意思を。


 どこまでもありきたりで、しかし誰にも否定させないその強靭な精神性こそが、大道三春を主人公たらしめているのだ。

 ……これが外れてたら、俺はもうどうしようない。地の果てまで逃げてやる。何がヒロイン攻略だ無茶苦茶言いやがってもう終わりだバカやろう。


 

「──そっ、か。……ぁはは。そうなんだ。……貴方も、そうなんだね」



 正解なのか間違いなのか、まるで分らないリアクションだ。

 なんなら俺いま三春のこと少し怖くなってるからな。

 しかし表には出さない。必要なのは胆力とポーカーフェイスなのだから。


「引き留めて……ううん、変なこと聞いて、ごめんね。もう大丈夫」

「そ、そうすか」


 緊張の糸、切れちゃった。情けない返事だ。


「じゃあ……ぁっ」


 危ない危ない。このまま去るのはバッドコミュニケーションだ。

 一応だが、今のうちに伝えておかなければならないことがある。

 というか言うなら今しかない。


「その、いろいろ考えてると思うし、もちろん疑ってくれても構わない」

「……うん」

「でも、これだけは言っておく」


 振り返らず、服から手を離した三春の表情は、あくまで確認しないまま。


「……俺は、何があってもキミの味方だ。三春」


 ハッキリと言葉にするにはあまりにも恥ずかしすぎるキザなセリフを言い放ち、俺は彼女の返事も聞かないままその場を離れていった。あとでロボに『や~いヘタレ~』と煽られても否定できないだろうな。

 だがやるべきことはやった。

 これで嫌われてたら……やっぱどうしようもないですわ。ウチ帰っていいですか?



「……柏木、さん」



 何か聞こえたような気がしなくもないけど、これ以上のミステリアスな女子との会話は精神が持たないので、すたこらさっさと俺は自室へ逃げていくのであった。





「俺はキミの味方だ──三春(キリッ)」

「やめて……おねがい……」


 朝練に出た冬香はいない、二人ぼっちの自室で男に戻った後、絶賛ロボに煽られ中だ。こればっかりは恥ずいこと言った自覚があるので、やめてくれと懇願することしかできない。

 ロボとの反省会では見直すべき点が山盛りである。


「まぁまぁ。今回はブラを付けて以降、会話の中で一度もハートマークを出しませんでしたし、目まぐるしい成長ですよ。えらい、天才っ」

「えへへ」

「うわっ……」

「なんだよ」


 自分から褒めたくせに直後に引いた顔をしやがったクソ生意気なロボットの頬っぺたをギューっとつまみつつ、俺はスマホの好感度確認アプリを起動した。

 すんごいドキドキしてる。

 あれだけやらかした後だから、三春の好感度だけマイナスに振り切ってそう。見るの怖い……。


「ほっぺ引っ張るのやめへくらはい~」

「うん」

「いたた……どれどれ。ふむ、冬香と博士は変化なし、と。……タイガ?」

「見るのこわい」

「確認しないと意味ないでしょう。はいポチっ」

「あっ、おい!」


 ロボのタップによって、スマホには数値が出現した。



 三春: 0



「……ん゛あ゛ア゛ァ゛ぁ゛ッ゛ッ゛!!!!」

「ちょっ、冬香のベッドに突っ込むのやめなさい」


 最後はちょっとだけ良いこと言ったでしょ──なんて腹を括っていた俺の心は、跡形もなく木っ端みじんに粉砕されてしまったのであった。

 もう頑張りません。主人公やめます……。



「好感度、数値の更新中は一旦ゼロになるんですけど……って聞いてないし」

「がぶがぶ」

「あーもう、枕は食べちゃダメですって、ちょっと離してほら」

「やだ!!」

「コラッ!!!!」

「ひぃっ……」



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更新後の好感度一覧


 三春:24

 冬香:35

 秋乃:12

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