第27話 かつての主人公 ②

 

(はい、今日から貴方は十六歳の少女にスポーツブラを借りた変態のロリコンです)

(三春がスゴイ怒りながら付けてきたんだよ……ゆるして……)


 百合アニメの最強主人公さんと、ハイパー激辛ラーメンを食べたあの日から数日が経過して。


 俺はを打ち立て、それを実行するべく慣れない早起きをして、ジョギングをしている今現在につながるわけだ。

 一旦三春の自室に戻って無理やりスポーツブラジャーを装着させられたものの、そこから先はいたって普通に並行して走っている。


 昨晩確認したところ、三春からの好感度が下がっていた。10から8に。やはり俺は彼女に対して会話の選択肢をミスっていたらしい。

 それを踏まえたうえでのリカバリー作戦だ。


(で、作戦って何なんですか?)

(ふふふ、聞いて驚け)


 これは俺がこの世界を体験してきてようやく思い至った最強の解決策だ。


(名付けて『無理に俺が攻略しなくても元から百合百合な関係に発展する余地があるんだから冬香にエロいことするのは三春に任せればいいんじゃね作戦』っ!)

(はぁ)


 真面目に聞けよ。


(何でその作戦になっちゃったんですか)


 なっちゃった、とはなんだ。しっかり考え抜いた末に出てきた答えなんだぞ。

 

 世界の時間を巻き戻してから出会った三春は、博士の遺した資料から作られたあの原作アニメの三春とは、似ても似つかない部分が多数見受けられた。

 もちろん表面上は明るく友達想いの少女なのだが、なぜか俺に対して多少の理解があったり、どこか俯瞰しがちな側面が見え隠れしている。


 どんな人でも信じるお人好しと言われてしまえばそれで終わりだ。

 しかしほぼ無条件で俺を手助けするその姿には違和感しかないし、あの大規模作戦での事や、ロッカーに匿ったときの事といい、ただの優しいヤツで終わらせるにはあまりにも不可解な要素が多すぎる。


 故にこういう仮説を立てたのだ。


(三春は未来が見える……ですか?)

(あぁ。既にあの崩壊した未来を知っている、って言い方でもいいな)


 確実な証拠がないため、あくまで仮説の域は出ない。

 だからこうして”確認”のために、三春と話す状況を作り出したわけだ。


(あの冬香とラブラブしてた記憶があんなら、冬香をどうにかしようとしてる俺の存在は疎ましいだろ。それこそ百合の間に挟まろうとする不遜な男だ)

(だから冬香の事は三春に任せる、と)


 うむ、その通りじゃ。


(もし冬香がハズレだったら、三春はどうやって攻略するんですか?)

(…………)


 ……。


(あの)

(えへへ)

(誤魔化せてないんですよ)


 だってしょうがないじゃん……。未来の記憶がある前提なら、そもそも三春は百合色に染まってる。

 そうなると冬香を奪おうだなんて画策したら殺されかねないし、まず三春自体が最初から無理ゲーだ。

 冬香は三春に任せる──これ以上の方法なんてないでしょう、お姉さん。


(二人ともメロメロにしてしまえばいいんです)

(そんなことができる催眠術なんか会得してねぇんだよ)

(ていうかそろそろ寮に着きますね。がんばって)


 気が付けばジョギングのコースにしていた校舎一周が終わり、俺たちは女子寮の入り口付近に到着していた。もうロボと会話をする時間は残されていない。

 いろいろ議論した結果何をしたらいいのか分からなくなってしまった俺は、とりあえずどんな人間であっても地雷を踏まないであろうコミュニケーションとして、運動後の水分補給としてスポドリを買って三春に手渡した。


「ありがとう、柏木さん。お金出すね」

「別にいいって。無理やり付き合わせちゃったから、そのお礼ってことにしといてくれ」

「……そっか。……うん。ありがたくいただきます」


 ペットボトルを口につけ一気に清涼飲料水を流し込む三春。やはり美少女ということもあって、こういうワイルドな動作も様になってる。

 

 ……やるしかないか。

 どういう方法を取るにせよ、結局彼女とのコミュニケーションは避けては通れないんだ。俺に勇気を分けてくれ、山田。


「……なあ、三春」

「冬香さんのこと?」

「──ッ!」


 びっくりした。

 まさか俺がしゃべり始めるのを待って、あらかじめどう答えるのか準備していたのか。だがしかし、この程度で狼狽はしない。

 ヒロイン攻略の際に求められる能力は、二つ。

 相手に圧倒されない胆力と、絶対に崩れないポーカーフェイスだ。


「そうだけど、どちらかと言えばキミのことだ」

「えっ……」


 ベンチに座った彼女の隣に腰を下ろす。

 そして全力でハートマークを制御しつつ、努めて冷静に会話を続ける。

 

「……なにかな、ちょっとドキドキしちゃうね」

「変な雰囲気だしてごめんな。一応、聞きたいことがあってさ」


 ドキドキしている、というのは本当なのだろう。

 三春は落ち着かない証拠に、手元のペットボトルを軽く握ったりしている。


「その、三春は冬香のこと……好きか?」

「……ど、どういう意味で?」

「いろんな意味で、かな。解釈は任せるよ」

「なにそれ……困るな」


 内心めちゃくちゃ心臓を高鳴らせながら喋っている俺と違って、三春は比較的おちついている。

 彼女は少し俯いたり、明後日の方向を眺めたりしながら逡巡し、時間を流す。

 こんな割と踏み込んだ質問をするには時節がよくなかったかもしれない──なんて俺が懊悩していると、考え込むように黙っていた三春が口を開いた。


「うん、すきだよ。冬香さんのことは、だいすき」

「っ……」


 まさかこちらを向いて真正面から、目を見据えてハッキリ言ってくるとは思わなくて、俺は一瞬鼻白む。

 運動後の体を冷ますような、涼しい風が首元を襲った。

 ぶるりと震えつつ、既に圧倒されかけている事実を認めないために、俺はポーカーフェイスを保ちながら応答した。


「そっか。なら俺、ラーメン屋の件はパスするよ」

「どうして?」

「冬香のそばには三春がいてくれた方がいい。罪悪感を持たれている俺が誘ったところで、余計に気を遣わせてしまうだけだろうしな」


 嘘は言っていない。

 三春にすべてを丸投げするのは、流石に早計過ぎたと気がついたが、彼女と冬香の相性が抜群なのもまた事実だ。

 この答えが「逃げ」だと三春に思われてしまってもしょうがない。

 けどもし未来の記憶があるなら、冬香に対してのコミュニケーション術は三春の方がはるかに上のはずだ。


「女同士でしか話せないこともあるだろ?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「中身が男の俺が邪魔するワケにもいかない。やっぱり今の冬香が求めてるのは、弱音を吐ける同性の相手だと思うんだ」


 冬香を理解してやれるのは、彼女を深く愛している三春だけなんだよ──と本当は言いたかったものの、流石に臭すぎるセリフなのでやめておいた。俺のキモさが限界突破してしまう。


 なるべく彼女を尊重してやりたい、ってのが本音。

 平たく言えば、冬香のことは取ったりしないから安心してくれ、というだけの話だ。

 三春と冬香は出会ってまだ二か月も経っていない間柄だが、尊敬ではなく大好きという言葉が出てきたことを考えると、三春の中にある冬香への感情は相当大きいことが分かった。


 ここから先は三春が記憶を持っているという前提で動いていく。冬香への愛情が爆発している激ヤバなストーカーという線は……考えたくもないな。ともかく決まりだ。


「じゃ、俺は先に戻るよ。冬香のこと、よろしくな」


 そう言ってベンチを立ち上がる。運動後ということもあるし、まだホームルームまではかなり時間があるから、もしかしたら三春はシャワーを浴びるかもしれない。その時間を奪うわけにはいかないだろう。

 そのまま自室へ戻ろうと歩き出した──



「……待って」



 のだが、突然後ろの少女に服の裾を引かれてしまった。

 

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